夏の夜の夢
まだ起こってもいないことを考えてどうしようもなく不安になり、眠れなくなってこのnoteを綴っている。
社会人になり、毎年七夕のあたりに帰省するようになった。弊社ではいわゆる誕生日休暇の制度があるので、そこで連休をとって実家で羽を休めている。社会人も4年目になったので、この時期に帰省するのは4回目だ。
居間の戸を開けると、開口一番に祖父は「背が伸びたか」と言った。年末年始に会った時よりも明らかに頬はこけて、ズボンはこれでもかとベルトで留められていた。伸び盛りの高校生じゃあるまいし、私が成長したんじゃなくておじいちゃんが小さくなったのよ、とは言えず、「最近太ったから」と濁した。そのやり取りを、もう耳がろくに聞こえなくなった祖母はニコニコと眺めているのだ。
つい先日まで、祖父は齢90を控えながらも車に乗って趣味に出かけていた。年の割にかなり感覚が若く、それが急に「免許を返納する」と言い出したというので、何故かと疑問ではあった。確かに年は年なので、いい加減やめるべきだとは思っていたが、頑固な祖父が自分から言い出したというのはとても意外だった。その理由は案外簡単に分かった。一緒にテレビを見ていた時、「もう誰がテレビに出ているかもわからないのだ」と言う。目が見えないから誰かに会っても人間を認識できず、運転も危険なのでやめたというのだ。
もし、もし今。祖父母を残して両親がいなくなってしまったら、私はどうしたらいいのだろう。遅くに出来た一人っ子だし、特に近しい親類もいないので他に頼れる人がいない。仕事を辞めて実家に帰ったとして、18で実家を出た私には、何をどうすればあの田舎で暮らしていけるのかがわからないし、なにより帰りたくないのだ。
大学で東京へ出た。東京への漠然とした憧れのほかに、仲のいい友人がみんな東京進学だったことも大きな理由の一つだ。あれから8年が経ち、私はまもなく26になる。結婚できる気配もないし、稼ぎだって人並みだ。そんな私にとて、肉親の老いは否応なく襲いかかってきて、まるで借金の督促のように私を責め立てる。怖い。そんなことを考えていたら眠れなくなり、こんな時間になっている。
あと何回祖父母に会えるのだろうか。あと何回お土産を渡せるのだろうか。それ以前に、私は育ててもらった恩を返せているだろうか。両親はいつまで元気でいてくれるだろうか。やはり実家を出るべきではなかっただろうか。そんな問いが寄せては返すさざなみのように浮かんでは消え、頭を離れない。
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