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象を繋ぐ綱、現われる
先週、京伝の黄表紙作を取り上げた。そのかれが語るところの徒然草は、また一つ、違う場面での登場したのを見てみよう。今度は、兼好を敬い、兼好の言葉を具象したものであり、あの擬人した作品の姿に負けないぐらい、一読する人をあっと驚かせるものだ。
『徒然草』第九段は、女性を語った。その締めに用いられたのは、一度聞いたら忘れられない強烈な比喩だった。曰く、「女の髪すぢをよれる綱には大象もよくつながれ」だった。江戸の時代に刊行された数多くの絵注釈は、女性のいる庭に象を連れてきて暴れさせるという構図を取った。(つぎは、『つれづれ艸絵抄』より)
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ここに、そのような綱を、京伝が家宝として所有していた。しかも「宝合わせ」の場に持ち出し、披露して一座を喜ばせたうえ、絵に図録し、文章に記して伝えたのだから、驚くほかはない。
絵に描かれたその綱とは、このようなものだ。解説に書き入れた文字は、「女黒髪にてよれる綱、青柳に糸よりかけ、ゑんでうすびし綱也」と読む。飾りの台には、「京伝」、「后素」(後素、こうそ、絵の意味)とあった。
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絵に続いて、この家宝の由来と意味を述べる長い文章が用意された。その題は、「女の髪にてよれる綱、一名糸柳」、文章は、「比は楊柳四年たはひなき日、出口の柳と見返り柳の枝を……」と続く。文中には、「縁を結ぶの綱」、「助さんという小間もの売のかもし箱」と、描かれたところの内容を説明し、どこからどこまでも慎ましく丁寧な書きぶりだった。女性の髪が手に入らないから、吉原の代名詞になる出口の柳と見返り柳がその代わりとし、それでも髪なのだから、かもじ(加文字、髪文字)の箱に収められ、大事な綱の役目は繋ぐことにあり、象まで繋げるので、それほど屈強ではないだろうが、はるかに貴重な人と人との縁を結ぶのだ。一々理屈にあって納得だと言わざるをえない。
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もともとこれを収録したのは、『狂文宝合記』。書名が示す通り、狂文なのだ。狂という名を借りての、文人たちの遊び、交友の記録にほかならない。刊行は、天明三年(1783)、前出の書物を擬人した傑作を出した翌年のことだ。いまだ世に認められたばかりの新人らしく、京伝は謙虚に社交の場に入り、才能を見せつけながらも、先輩たちへの敬意を忘れなかった。