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音は身体で感じる。ドキュメンタリー映画『Touch the Sound そこにある音』ドイツ、2004年。


主人公は、グラミー賞を2度も受賞した音楽家のエヴリン・グレニー。12歳で耳が正常に機能しなくなったけれど、その後も身体全体で音を感じながら制作活動を続けているパーカッショニスト。重度の聴覚障害とともに演奏活動を続ける彼女の日常、音と風景を捉えたフィルムです。

演奏も、日常生活も、フィルムでは健常者にしか見えない彼女。電話のシーンのときに、ようやく彼女の障害がわかる。彼女は、電話は聞き取れない。だから、スタッフが「通訳するよ」といって、電話の内容をもう一度彼女の目の前でくりかえす。彼女は、スタッフの唇の動きを読んで、電話の向うの相手の言うことを理解できる。

彼女の日常は、私にとって目からウロコのものばかり。普通、難聴になったら補聴器で補ったり、聴覚を取り戻す治療や訓練をしなくちゃとか考えがちだけど、「別の五感で補えばいい」とは考えもしなかった。それってきっと、患者の胃を切り取ったお医者さんが、腸の一部を切り取って補うようなものかもしれない。

以前、私は風邪で鼻が全く利かなくなったことがあるけれど、そのとき味覚も全然無くなってしまったことを覚えている。人間の五感は、全てが重なり合い、相互に補間する重要な役割をしているのはよくわかる。

演奏の時、彼女は打楽器の一部に必ず身体に触れさせている。彼女はそれで、楽器の振動を感じるし、音の波動も感じるという。彼女に聞こえるものが一般の人の聞こえているものと同じかどうかはわからないけれど、彼女が日本の和太鼓とコラボしたときの演奏はすばらしかった。

もっとすごいなと思ったのは、コップやお皿やビールのアルミ缶を箸で鳴らして素敵な音楽にしてしまったときの彼女。東京の路地裏の小さな舞台の床に座って、「このために国立音楽院に行ったのよ」なんてジョークを言いながら演奏する。すごくチャーミング。

この映画は、何より映像がすごい。
音と映像の組み合わせがものすごくアーティスティックでしゃれていて、音のない映像なのに「音が聞こえる見たいな」映像がいくつも、いくつもくりかえされる。映画の主題の波動をイメージできる池の波、イギリスの荒波、日本庭園の枯山水……等々。それ以外にも、とにかくたくさんの音のない画像を重ねて、音を感じさせる。映像が無音のリズムで映し出される。

この映画で映し出される、日本にも好感が持てる。
東京の電気街の電子音だらけの雑踏から、裏通りの小さなライブへ、そしていきなり何の予告もなく竜安寺の石庭へのカメラワーク。しかも、主人公よりも修行中のお坊さんの足元とか熊手の先、白石をズームアップして、かじかむ手を暖めるしぐさをしっかり見せる。音はないのに、「フーフー」と吐きかける息の音が聞こえてきそうなシーン。その後は丸い壁の向こうに緑の葉がざわめくから、また京都のどこか別の庭園かと思いきや、これが金属管の工事現場で、ニューヨーク風景につながる……ああ、ため息がでる。
特にストーリーもない、ナレーションもない映画なのに全然退屈しないのは、語りに語る、見せに魅せる映像のなせる業だなあと感心しきり。

レディースデーの料金で見せてもらえるのが申し訳なくて、パンフレットも購入。ハラハラ、どきどきするストーリーの映画もいいけれど、こういうアーティスティックな映画も楽しくていいですね。おすすめ。

邦題:Touch the Sound そこにある音(原題:Touch the Sound)
監督:トーマス・リーデルスハイマー
出演:エヴリン・グレニー(パーカッション)、フレッド・フリス(ギター)、鬼太鼓座ほか
制作:ドイツ(2004年)100分

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