見出し画像

【歳時記と落語】小寒

2021年1月5日は「小寒」です。いわゆる「寒の入り」というやつで、ここから寒さは本格的に「冬の底」へ向かっていきます。また、この日からは、「寒中見舞い」を出すことになります。そういう意味でも、新暦で正月を祝うて「迎春」とか「新春」とかいうのは、感覚的には合いませんわな。

実際、かなりの寒波の到来が予報として出されております。

こういう時には、熱燗で一杯というのが宜しいな。「上燗屋」てなそのまんまの噺もありますが、今回は別の話を。

江戸時代、街中は木戸で細かい区画に別れておりました。ここに「木戸番」通称「番太」と呼ばれる雇われ者が詰めておりました。そしてこの木戸は夜には閉ざされたんです。つまり、時代劇なんかである、夜中にうろうろしてるなんてな、もうそれだけで十分に不審者なんですな。

また別に、町々には「番屋」というものがあって、ここに人が詰めておりました。「自身番」というやつですな。元々は家主と地主が自分で詰めておったので、「自身番」と言うたそうですが、後々には、店子や雇われ者がやるようになりました。大阪では「会所」とも呼ばれておって、江戸のように専用の建物ではのうて、普通の町家と軒並に作られてたそうです。大抵は雇われた「会所守」が一家で住んでおった、つまり住み込み仕事やったんですな。

しかし、それでは年中一日も休みがないというので、12月は番人が休み、町人が交代で番をしという話があります。しかし、こうなると、集まるのは若い男連中で、まあ、ろくなことにならんと言うのが落語の通り相場ですな。
ええ加減な周りようをして戻ってきた最初の夜回り組が戻ってきて会所で暖をとっておりますと、一人の男が徳利を持ってやってくる。酒なんですが、夜回りの飲酒は勿論禁止です。そこで「これは風邪の煎じ薬や」と言うて、燗で飲む。おまけに、苦い薬の口直しにと豬鍋を作ったもんやから、宴会になってしまいます。
その時、廻り方同心が、にぎやかなんを怪しんで覗きにやってきた。咄嗟に鍋は隠したんですが、酒は見つかってしまう。「煎じ薬だ」とごまかすと、同心も「風邪をひいておるので、一杯分けてくれ」と言います。そして、同心は鍋も見つけてしまいます。
「その方の前から鍋が出とるが、そら何じゃ?」
「実はあのぉ、風邪薬の口直しに猪鍋を持って来たはりまして」
「何? 猪鍋、こっちへ持ってまいれ。これら口直しにはとっておきじゃな。風邪薬がすすむのう。風邪薬、もう一杯もらおう」
「いや、あの、もう風邪薬がございませんが」
「何、風邪薬がない? なれば、拙者が町内一回りしてくるるあいだに、二番煎じを出しておけ」

お馴染みの「二番煎じ」です。

原話は元禄三年刊の『かの子ばなし』の初めに収められた「花見の薬」で、春の話やったんです。これが上方で冬の話に改作されて、一席の落語になったんです。

上野の花もはやすぎ、亀井戸のしば、つくつくし、よめな、つばなの一ふさ、おもしろけれど、ことしの桜見ずに暮らそかなどといふ。しからば、牛島の禅寺にめづらしき花あり。これへ参らん、とて、急ぎけり。ほどなく門になれば、番の者立出で、その吸筒は酒そうな。酒はこの内へは入れぬ、といふ。いや、これは酒にてはなし。この若き人、わづらひにて候ゆへ、行くさきざき迄、薬を煎じて行く、といふ。しからば、飲みてみん、という。やがて大茶碗に一つ与へければ、この薬には、大分地黄が入りたさうな、といふて通しけり。さあさあ、しすましたぞ、とて、思ふよふに見物して、大酒に酔ひ、はや帰らんと思ふ所に、また、番の者来りていふやう、さきほどの薬の二番は、まだあがりませぬか、といふてきた。

岩波文庫の『軽口本集』には『かの子ばなし』が収められており、この「花見の薬」の類話として、冬の話になった『軽口はなし』所収の「せんじやうつねのごとく」も引かれております。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?