p.m.13:00の憂鬱
「ねえねえ、どうしたの!?」カラオケBOXの中、トイレに立った彼は、戻ってくると私の隣に座った。
「何にもないです。」いつもの様にポーカーフェイスに答える彼。
「……いや、近くない!?」完全に距離感がバグっている。
言い終わって彼の方を見ると、彼は私の事をじっと見つめていた。……近く、ない?
「好きです。」彼は突然そう言った。「え…?」びっくりして返す言葉が出ない。深く考えすぎるべきではないと思い、「私も、好きだよ?」そう私は答えた。
「…いや、そういう好きじゃなくて。…女性として好きです。」
私は鼓動が早くなるのを感じた。きっと頬も赤くなっているのだろう。胸がギューっとしめつけられるようだ。
「僕の事、どう思ってますか?」私は答えられずにしばらく俯いていた。……答えられるはずがない。ずっと、この気持ちに気づいてないふりをしていた。伝えられるわけがない。私には帰る場所があるのだから…。
しばらく俯いていると、彼は私の手首を掴んだ。初めて彼の温もりを肌に感じ、驚き、体温が上がるのを感じた。ゆっくりと顔を上げると、彼の寂しそうな瞳を捉えた。…こんな表情をさせたいわけじゃない。私は言葉を選びながら、ゆっくりと答えた。
「好きだよ。一緒に居て楽しいし、落ち着くし、気を遣わないし、それに……、」言葉を続けるのを躊躇うと、彼はすかさず聞いた。「それに?」「な、なんでもない!やだな〜、」私が言いかけると、それを彼の言葉が遮った。そして、手首を掴む力が少しだけ強くなった。
「勘違いしてほしくないから言いますけど、僕はあなたを自分のものにしたいからこんな話をしてるんじゃないんです。あなたの生活を壊したいわけじゃないから。…ただ、気持ちを伝えずにいるのがもう限界だったんです。」彼は真っ直ぐに私を見ている。寂しそうな瞳。
……言葉が喉の奥でつまったまんま、彼をじっと見つめ返した。「ただこれまでと同じ様に一緒に過ごせたらいいんです。でも…、」言いかけて彼は目を逸らした。「でも?」気になって聞き返すと、「正直、少しだけ、少しだけ今より近づきたいとは思ってます。」彼は頬を赤らめて、私を真っ直ぐに見つめながらそう続けた。
「少し…?」私が尋ねると、彼は考えながら「…少し。」と答えた。
しばらくの沈黙。隣の部屋から、誰かが歌うあの曲が聴こえてくる。見つめ合ったまま。自分の鼓動の音で、おかしくなりそうだった。
少し目を伏せた瞬間、彼の両手が、そっと私の体を包み込んだ。お互いの体に触れるのを躊躇いながら。柔らかく、柔らかく。
離れないと…、彼の腕を握った。でも、体を引き離す事ができなかった。
彼が私を包み込む力が、少しだけ強くなった。お互いの鼓動を聴いた。油断したら涙が出そうだった。
彼の横顔を見ると、彼は私を抱きしめたまま、真っ直ぐに前を見つめていた。
私の視線に気付き、視線が交わる。彼はそっと微笑んだ。寂しそうな瞳で。
……帰り道はいつも通り。他愛もない話ばかりして、ふざけて笑い合った。また、と言って別れた後、イヤホンで聴くあの歌が胸に響いて、目の前の景色が歪んできた。
一度味わってしまった温もりを、私は忘れる事が出来るだろうか…。