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ゲロを吐かれて神体験

1.タクシー運転手の悲劇

タクシー運転手にとって車内でお客にゲロを吐かれるほど嫌なことはない

酔っ払い客を嫌がりわざわざ深夜の繁華街を避け、駅やホテルでの着け待ち専用のタクシーもいる

とはいえ、終電過ぎの深夜の繁華街は絶好の稼ぎ時、長距離客が狙えるスイートスポットなのだ

今はナビがあるので泥酔客でも、すぐに住所を聞きだせば、自宅に到着できるのでやはり繁華街にはタクシーが殺到してくる

その日は終電前に横浜でお客を降ろし、高速で用賀インターで下り国道246号を渋谷方面に向かっている時だった

渋谷に着く前に途中でお客を乗せたいと探していたところ、ちょうど三軒茶屋の駅近くで信号待ちしていた時、ふいに見るからに泥酔している若いサラリーマン風の男性が手を上げ乗り込んできた

行く先は川崎の方で結構な距離なのだが、後ろに乗り込むなり、行く先をつげるとすぐに座席に倒れこむように寝込んでしまった

振り返ると、横顔を座席にこすりつけるようにして寝入ってしまっている

イヤな予感が脳裏にはしる

まだエチケット袋に吐いたり、待てずに窓をあけ窓から吐くならいい方で、寝込んでいて急に催して車の中で吐いてしまう場合がある

熟睡しているのでお客も気づかず、寝ながら口もとからゲロゲロしてしまうケースもある

恐る恐る運転していると案の定、もうすぐ家に到着という段になって座席にくっつけていた口元から少量ではあったが、ほとんど寝込みながら垂れ流していた

ゲロの匂いというのはその食ったものにもよるのだろうが、吐いた瞬間すぐに車内にムッと悪臭がただようものから、ほとんど臭わないものまでいろいろだ

この時は匂いはそれほどでもなかったが、座席にはしっかりと手のひら大のゲロがこびりついていた

後部座席には厚手のカバーをしてあるものの、ゲロはすぐにしみこんで匂いはするし汚れが染みついてしまうため急がないといけない

それでも到着しても男性はしばらくイビキをかいて寝入ってしまってなかなか起きない

後部の窓を全開にして冷気をあびさせ耳元で大声で叫ぶ「お客さーん!着きましたよー!」

それでも反応しないので、しかたなく体を何度もゆすってやっと「ウッ」という小さな反応があり何とか起きあがったので、クリーニング代を少し上乗せしてもらい、料金を精算して降りてもらうとすぐに近くの公園を探した

やがて真夜中のわずかな街灯の明かりを頼りにやっと公園らしきものを見つけ、見るとまばらな木々やベンチの奥の方に水飲み場らしきものがあった

車を止めるとすぐに後部座席のカバーを外し、トランクに積んでいたブラシと一緒に公園の水飲み場へと急いだ

足洗い用のじゃ口から水を勢いよく出すと、こびりついたゲロをブラシでごしごしとこすり始めた

2.深夜の公園での不思議な体験

川崎の見知らぬ夜の公園で一人ゲロを洗い流す

深夜過ぎの薄暗い人っ子ひとりいない公園はひっそりと静まりかえっていた

水のバシャバシャ流れる音と、ブラシのシャカシャカする音だけが公園の木々の中に響きわたる

右手のブラシを掴んだ手の感覚と蛇口から勢いよく出る水滴が跳ね、まくりあげたワイシャツからでた手と前腕をヒンヤリと叩く

握り感覚とヒンヤリ感を伴い、腕と手はただ機械的に動いている

頭からは文句ひとつ出ず、目はじっと水にたたかれるカバーとごしごしこするブラシを見ている

ふと気づくと無心でブラシをこすっている自分から意識が離れ、少し上の方から見ているような感じがした

シーンと静まり返った公園でゲロを洗い流している自分に街灯のスポットライトがあたり、臨死体験者さながらに自分の意識はあたりの静寂の背景に溶け込み、機械的に作業している自分を少し上から見つめるまなざしに自分の意識がある

作業している自分と、それに気づいて観ているもう一人の自分がいるのだ

あたりを包む静寂の中、内からは穏やかで心地よい安堵感がわいている

自分の体は周りの景色に溶け込み、不思議な一体感の中で深い安らぎを感じていた



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