江田島荘、滞在記_1/3
広島県江田島市にある「江田島荘」を訪れた。
オープンして半年も経っていないホテルだが、素晴らしい体験だったので記録しておく。
まず、ちょっとしたトリビアだが、ここのような高級宿に泊まる際は、昼ご飯を軽めにして、チェックイン開始に合わせて訪れるのが大切。
そしてチェックアウトも特に用事がなければギリギリまで滞在する。
そうすると、この宿であれば15時から翌日の11時まで、たっぷり20時間、豊かな時間を堪能できる。
大切なのは散歩したり、足湯を楽しんだり、お喋りをする際も、のんびりと、リラックスして、時間を贅沢にたっぷり使うこと。
怒りやイライラはご法度。
僕たちは普段、時間は効率よく使うことを強いられているが、こういう場所では敢えて時間を無駄にするくらいの感覚でジャブジャブと使うのだ。
それが豊かな時間を過ごす最大のコツで、このホテルのコンセプトである「こころと身体が元気になる温泉宿」の実現にも繋がる。
宿に入るとラウンジに案内され、お茶とお菓子をいただきながらチェックインの手続きを行う。
これ以降、合理的で、損得に敏感で、時間に厳しい自分をシャットダウンする。
幸いなことに、江田島湾の美しい風景と、木や紙を多用した落ち着いた内装、おいしいお茶とお菓子がそれを手助けしてくれる。
再びスイッチを入れるのはチェックアウトしてからでいい。
部屋に入ると目の前がオーシャンビューだ。
ここは全ての部屋が海に面している。
眼下には海水浴場となるビーチがあり、その先には牡蠣筏が浮いている。
江田島らしい風景だ。
部屋にはテレビがないけれど(素晴らしい!)気の利いた設備が揃っているので、しばらく触って楽しむのもいい。
僕たちはアロマディフューザーと空気清浄機を起動させた。
窓から浮き桟橋を眺めると、おばちゃんが釣りをしていたので、何が釣れるのか気になり、散歩がてら行ってみることにした。
テラスに出ると干し柿が吊るしてあった。
海風に当たり、いい感じに干されていたが、つまみ食い(無断飲食)は我慢した。
ビーチに出るとヌシのような猫がいて、必死で愛嬌を送ってみたが、鋭い眼光で睨まれただけだった。
手強い。
おばちゃんに何が釣れるの?と訊くと「メバル、ハギ、タナゴとか色々釣れるよ!」とのこと。
竿は先が折れて壊れていたが「これでたくさん釣り上げたから、愛着があるんよ!」と潔い。
かと思えば「最近は全身ビシッとかっこよく決めた、釣りガールがイカを狙いに来るんじゃけど、わたしゃぁこんな格好と折れた竿じゃけぇ、そういう人らがおらん時に釣りに来るんよ」と笑わせてくれる。
そうやってお喋りしている間にも、メバルやクロダイを釣り上げた。
岸に近いのでサイズは小さめだが、十分食べられるサイズだ。
「こう見えてカルパッチョとか、何たらソテーとか、洒落た料理も作るんよ」と楽しそうに話してくれた。
「あんたらも次に来る時は竿を持ってきんさい。そこのコメリで餌は売りよるけぇ」と教えてもらった。
こういう他愛のないお喋りが心をほぐしてくれる。
彼女だけではない。
次の日、ふらっと立ち寄った「よってみん菜」という産直市でも、ポップに書かれたイチジクが置いてなかったので、これって売り切れました?と訊くと「そうなんよ。午前中に売れちゃって、ごめんねぇ」と言ったあと「そうそう!これも珍しいんよ。試食用じゃけどもう売るもんがないけぇ、持って帰りんさい!」とプレゼントしてくださった。
見るとビオレソリエスという栽培が難しい貴重な品種で、3個なら1,000円くらいが相場なのに「ええんよ、ええんよ!」と屈託がない。
手ぶらで店を出るわけにはいかないので、いくつか買い物をしたら「江田島来たらまた寄ってね〜」と送り出してくださった。
心がほかほかして泣きそうになった。
釣りおばちゃんとのお喋りを楽しんで宿に戻ると、少し時間があったのでお酒の試飲を楽しむことにした。
チェックイン時に一人3枚のコインをくれるので、それを使って3杯の試飲ができるのだ。
僕が訪れた時は日本酒が3種、ワインが白と赤、梅酒の計6種だった。
量はわずかだが、アペリティフとしてちょうどいい。
軽くアルコールが入って、一層リラックスできる。
お酒を飲みながらお喋りしていると、折り鶴のボックスが設置されていることに気づいた。
説明を読むと、平和を祈念して平和記念公園に万羽鶴を奉納することとしており、その鶴を宿泊客が折ることができるとあった。
折紙の色はホテルのテーマカラーに合わせてある。
僕たちも一羽ずつ折って、奉納のお手伝いをした。
こういう何てことない時間が幸せなのだ。
ミニライブラリーを眺めていると僕の本を見つけてしまった。
しかも上野万梨子さんや本田るみ子さんなど、錚々たる著者と並んでいる。
格が違い過ぎるし、もしかして誰かが気を遣ったのだろうか...と気になってチェックアウト時に総支配人の阿部さんに確認したら「そうだったんですか!それは開館する際、広島市中区の『リーダンディート』に当ホテルに相応しい本を選んでもらったんですよ」と仰ってくださった。
我ながらリラックスした場所で読むような本ではないように思うが、選んでいただけたことは心から光栄に思う。
フロントの前の小さなセレクトショップを見ていると、花火が置いてあった。
季節外れだが、ビーチで花火ができるだろうか?と相談すると「着火器と消火用ミニバケツを用意するので、ぜひ楽しんでください」と快諾してくれた。
さらにゴミの処分を相談すると、それも含めて回収してくれた(花火ゴミはゴミ箱に捨てると発火の可能性があって危ない)。
至れり尽くせりだ。
こういう、何でもない時間が豊かだと思う。
時間に余裕がある、余白があるから、そこに豊かで無駄な時間が入る余地が生まれる。
遊び方は色々で、桟橋で釣りをしてもいいし、足湯に浸かりながら試飲のお酒片手にお喋りしてもいいし、シャンパンとおつまみを持って(用意してくれるのだ!)ビーチでセレブ遊びしてもいい。
予定を決めず、ふわふわした心の赴くまま、その時の思いつきで時間を過ごす。
それこそ最高のリラクゼーションだ。
そうやって心の赴くままに遊んでいると、夕食の時間が迫ってきた。
夕食は、このホテル最大のエンターテイメントである。
夕食分だけで長大になったので、稿を改める。