うたの日の薔薇短歌振り返り(後編)
2018年12月からうたの日に参加している西鎮が、約四年半という非常に長い時間をかけて薔薇×100を達成した道程をゆるゆる振り返ってみる企画です。
後編は、2021年9月から2023年7月、51本目から100本目の振り返りです。
51st~60th🌹(2021.9~2022.2)
うたの日では、2021年1月16日から7時部屋が設けられ(なお9時部屋は2020年6月10日~、11時部屋は2019年11月11日~)、それに伴うように参加者も増加、1日の参加者は350名を越えるようになった。
それまで多くの場合、出揃ったお題のなかから詠みたい部屋を選んで出詠していたのだが、この頃から7時部屋への出詠が増えていく。やはり、出勤前に出詠と選を済ませられるメリットが大きかった。
7時部屋は、その日最大の部屋になることが多く、また参加者の選の傾向も多様で(結果的にキャッチーな歌が最も票を集める傾向が強まったように思う)、そんななかで埋没してしまうことも少なくなかった。薔薇をいただける頻度も下がっていったと思う。ただこの頃は、そうしたことはほとんど気にならなくなっていた。
反面、毎月6日23時の無茶題をはじめ、面白いお題があると、その部屋に積極的に挑んでいたと記憶している。
あふはづのなかつたひととあふたびに今朝も鶯谷はあたたか
『鶯谷』 2021年9月9日
鍋という小さき海に漂えばゆらり記憶はほどけて昆布
『漂』 2021年11月9日
マーガリンにジャムを重ねて塗るひとと迎へる朝がすこし重たい
『ジャム』 2021年11月12日
覚えたての蝶結びまた結びつつきみもゆっくり羽化をはじめる
『靴紐』 2021年11月24日
やわらかく翼をたたむような眼で盲導犬は信号を待つ
『盲』 2021年12月2日
僕のなかに三成がいてまたひとり友を喪う 干し柿ひとつ
『好きな武将』 2021年12月8日
わたくしを骨まで識つてゐるひとと白く濁つた参鶏湯サムゲタン食む
『参』 2022年1月3日
おしょうしな、おしょうしなって言いあった春待つ白磁のような盆地で
『方言で詠む』 2022年1月8日
めいっぱい掻き鳴らしてるエアギターみたいに今日も生きております
『ギターソロ』 2022年2月15日
ト書きめく板書一行残されて誰もふざけなかった放課後
『芝居』 2022年2月20日
特に気に入っているのは「おしょうしな~」の歌。〈おしょうしな〉は地元の方言で「ありがとう」の意だが、そうした方言で地元の冬を詠めたこと自体が良い経験であり、そこに結果もついてきたことが非常に嬉しかったと記憶している。
61st~70th🌹(2022.3~2022.8)
コロナ禍とも関連すると言われる所謂「短歌ブーム」の影響なのだろうか、この頃のうたの日は、参加者が1日に450人を越えることも珍しくなくなった。同時に、選をしていて(これは前に似たような歌に出会っているな)という感覚に陥ることも増えた。参加者が増えた結果、全体として詠む側も採る側も「類想的な歌を避ける」傾向が弱まった(正確にはそうしたことが可能なプレイヤーのポピュレーションが減少した)ように思っている。
自分としては、できるだけ既視感のある歌を詠まない、採らないことを心がけてはいたつもりだが、どれ程できていただろうか。
雪融けの水の溢るる蒼白き河さよならは今此処で言え
『溢』 2022年3月8日
予めととのえられた死のように路上へちりばめられて木蓮
『整』 2022年3月18日
憂国の志士のまなざし浮かべつつゆっくり脱線してゆく授業
『憂』 2022年4月11日
なにも食べず始発に乗ればこの街が汽水域めく旅のはじまり
『朝飯前』 2022年4月13日
雨のたびに原っぱは濃くなってゆく国が滅んだはなしをしよう
『原』 2022年5月1日
あゝこれはきつとあなたの来る夜を待つて開かないハチミツの蓋
『きっと』 2022年5月12日
クレソンのさみどり萌ゆる瀬を渡りきみと秘密の花野へ向かう
『萌』 2022年5月19日
バンド名の定冠詞でもぬくやうにあつさり呼び捨てされてる五月
『THE』 2022年5月30日
魔女たちが昔ディスコでつかまへた鳥のはなしをしてゐるガスト
『ディスコ』 2022年8月25日
あの頃の祖母のおはようおかえりに頷くように祖父は逝きたり
『おはようおかえり』 2022年8月30日
特に気に入っているのは「バンド名の~」の歌だろうか。確かtoron*さんとハートを送りあうことができ、またちょっと褒めてもらえたと記憶している。
「雪融けの~」 の歌は気に入っていると同時に、苦い思い出のある歌。結句が、うたの日の某伝説的歌人の名歌に酷似してしまった。出詠して選歌期間に入り気がついたのだが、この「好きな歌の好きなフレーズが無意識に出て来る」ことへの対処はかなり難しいと今でも思っている。
71st~80th🌹(2022.9~2023.1)
この時期以降、ほとんど7時部屋にしか出詠していない。夜の間は出ていなかったお題が、朝になって出ている日が多く、出詠締め切りまでの時間がほとんどない部屋がしばしばあった。ほぼ即詠で出した日も多かったように思う。そうした特殊な状況を「朝練」と称し、寧ろ楽しんでいた。
それぞれの秋色がある中細の毛糸をふたつ母と選んだ
『秋色』 2022年9月16日
たぶん母を休んだことのない母のネジ巻きとしてある独り言
『休』 2022年10月3日
枯れかけて咲く冬薔薇よわたしたち遠くへ行けないもの同士だね
『枯』 2022年10月28日
真夜中のいいね、はときどき星になり誰かの闇を照らすと聞いた
『いい』 2022年11月20日
もうゐないあなたが爪を切つてゐたリビングあれは朝凪でした
『凪』 2022年11月26日
アディショナルタイムみたいな二次会の帰りにきみと月をみていた
『機会』 2022年12月17日
酒だとか味噌でも仕込むようにして幾つもメールを出す最終日
『仕』 2022年12月28日
ひとすじを水面へ残し青すぎる師走の空へゆくゆりかもめ
『師』 2022年12月29日
すこし右に傾むく癖のある字まであなたと思い付箋紙を剥ぐ
『字』 2023年1月15日
ありのまま、ありのままって思うほど荒ぶってゆく前髪でした
『ありのまま』 2023年1月25日
「それぞれの~」の歌が特に気に入っている。旅行先で偶々覗いた毛糸屋の思い出を下敷きに詠んだ歌だと記憶している。その日のお題が全て「秋色」だった日の歌。
81st~90th🌹(2023.1~2023.4)
この頃、確か3200日目の企画から、選歌時間がそれ以前の3時間から24時間に変更になった。その時点で7時部屋以外への出詠し易さが生じているのだが、部屋を動くことはしなかった。
かなり以前から憧れていた、お題「超自由詠」で、遂に首席をいただくことができた時期。
翌朝に読めば怪文書に近く出せないままでいるラブレター
『怪』 2023年1月26日
たぶん春をみつけたみたい いつもより笑った顔で犬が振り向く
『笑』 2023年1月30日
(それぞれの春へ号砲)いっせいにめくられてゆく問題用紙
『号』 2023年2月4日
祈るのは折ることに似て祖母と折る京千代紙のちいさき鶴を
『千』 2023年3月3日
寒椿ぽとりと落ちてすべからく春は別れに愛されてゐる
『寒』 2023年3月6日
𝑇ℎ𝑒 𝑐𝑎𝑟𝑎𝑣𝑎𝑛 الشرود……الهامل…الهامل…الحَفَض………………(オアシスに辿りつけない隊商のように途絶える五限のノート)
『超自由詠』 2023年3月10日
山桜 春はここでは波となり等高線に沿って色づく
『等』 2023年3月19日
きらきらとひかる疑似餌を投げ込んだ汽水域めく思春期だった
『餌』 2023年4月4日
ガラスペンのペン先浸せばあの海に似た群青を生むインク壺
『壺』 2023年4月18日
遠浅の海にイソギンチャクゆれて誰かをこんなに思ってもいい
『イソギンキャク』 2023年4月25日
気に入っているのはやはり超自由詠の一首。アラビア語は全て「ラクダ」の意。アラビア語にはラクダを意味する言葉が沢山あるらしいが、確か「群れから離れたラクダ」や「野良ラクダ」等の言葉を並べてみたもの。どれがどれかは今は忘れてしまったが。
91st~100th🌹(2023.5~2023.7)
遂に100本目の薔薇をいただくこととなった時期。この4月から仕事が忙しくなり、以前は頻繁にやっていた「出詠していない部屋への投票」が全くできなくなった。出詠する部屋がほとんど7時部屋、という状況にも変化無し。
「『うたの日で毎日詠む』ということを続けていたい」という気持ちは失くならず、現在に至っている。
お互いに風だったんだ太陽を探してきみは部屋を出てゆく
『イソップ物語』 2023年4月30日
塹壕を飛び出す歩兵の眼差しで少年たちはバスを降りゆく
『歩』 2023年5月13日
相方を失ってから靴下は鳥の骸のようにつめたい
『靴』 2023年5月20日
まひるまの山手線はルーレットめきあなたではないひととあふ
『ルーレット』 2023年5月21日
さあ、跳べとささやくような眼で鳩は向かいのホームから翔びたった
『さあ』 2023年5月28日
ふたりなら帰路も旅めく一本の傘をたたんでゆく雨あがり
『雨』 2023年6月3日
あまがえると出会う夜中の自販機はこの街という海の灯台
『蛙』 2023年6月18日
不在票に「野菜」とあってばあちゃんの畑の夏が今年も届く
『今年』 2023年6月30日
かけだしの考古学者の眼差しで子がまたひとつひろう空蝉
『考』 2023年7月9日
それぞれの記憶の岸を走りぬけ父母連れ帰り来る精霊馬
『キュウリ』 2023年7月14日
この時期はとにかく即詠的に詠むことが多くなり、振り返ると粗い歌が多いと感じる。あえて一首選ぶならば、「お互いに~」の歌が好きだと思う。
〈振り返りを終えて〉
約四年半で、部屋や参加者の数、また選歌の期限など、幾つかの小さくない変化が生じているうたの日。多い人は月に10本以上の薔薇を採っておられます。参加から一年ほどで薔薇×100本を達成する歌人も幾人かおられ、そうした方々を眩しくみてきました。比べれば、本当にゆっくりとしたペースでお恥ずかしくあるのですが、今回なんとか薔薇×100本を達成することができました。うたの日のお陰で短歌に出会うことができ、また、日々詠み続けてこられた、そんな風に感じております。改めて、長きに渡り日々の運営をされている主宰のののさんをはじめ、全ての参加者の方々に感謝したいと思います。自ら詠むだけでなく、皆様の歌を読み、選をし、時に評を読み、また書かせていただいた日々、全てに学びや気づきがあったと、確信しています。ありがとうございました。
今のところ、うたの日を去りたい、という気持ちは湧いて来ておりません。参加するペースは、この先もしかしたら落ちていくかもしれませんが、これからも皆様、よろしくお願いいたします。
最後に、ほぼ同時期にうたの日に現れ、ともに、いわば戦友のように進んでこれたと(一方的かもしれませんが)感じている、朧さんと青山祐己さんに改めて、そして心から感謝し、振り返りを終えたいと思います。本当にありがとうございました。