台湾・国民党主席、「親米」を強調─中国と距離置く新路線
昨秋から再び台湾の最大野党・国民党主席を務めている朱立倫氏が親米路線を明確に打ち出した。「共産主義への対抗」を強調するなど中国とは距離を置いており、中国側は警戒を強めている。
■「合意のない合意」
朱氏は6月2日から12日にかけて、国民党在米代表事務所の再開を機に訪米し、記者会見やシンクタンクでの講演などで同党の対米、対中政策について語った。台湾の中央通信社電などによると、その要旨は以下の通り。
一、国民党の親米という立場は変わらない。中華民国を守る、台湾を守るという国民党の立場が変わることもあり得ない。
一、国民党は地域安全保障と両岸(中台)和平に関して、台米関係に頼るだけではなく、(自ら)重要な役割を果たす。少なくとも平和の促進者であり、トラブルメーカーにはならない。
一、国民党はこの100年、共産主義に対抗してきた。中国共産党と価値や制度の面で競争すると同時に、中国大陸(本土)の民間とは引き続き意思疎通を維持していきたい。
一、「92年合意」(1992年に中台が「一つの中国」の原則を確認したとされる合意)は双方にとって建設的、創造的なあいまいであり、米国の「一つの中国」政策と同様、「合意のない合意」なのだ。
国民党は馬英九氏が総統になって政権を奪還した2008年、在米事務所を閉鎖。中国寄りの馬氏や洪秀柱・元主席、韓国瑜・元高雄市長(20年総統選の候補)らの言動により、「親中反米」のイメージが強くなったが、朱氏はそれを打ち消すため、親米の伝統に立ち返り、中国と距離を置こうとしているようだ。
習近平政権は「国家安全保障」を口実にして一国二制度の下にある香港の「高度な自治」を事実上否定し、新疆ウイグル自治区などの少数民族に対する弾圧を強化している。台湾に対しては、蔡英文政権を敵視して軍事的に威嚇。対外政策ではウクライナに侵攻したロシアを擁護し、ウクライナを支援する米国を罵倒している。国民党がこのような政権に融和的な態度を取り続ければ、24年の総統選で勝つのは難しいと朱氏は判断したのだろう。
■中国紙「国民党は思想面で混乱」
若手の江啓臣・前主席に続き、かつて国民党主席として習近平共産党総書記(国家主席)に会ったことがある朱氏までが中国離れの動きを見せ始めたのは、中国側にとって深刻な事態だ。
中国国務院(内閣)台湾事務弁公室の報道官は6月9日、朱氏の一連の発言について「台湾は中国の一部である。両岸の問題は両岸同胞の家の中のことなので、家の人間同士が相談してやるべきであって、よその人の手を借りる必要はない」とした上で、92年合意は「(台湾)海峡両岸はいずれも一つの中国の原則を堅持する」というコンセンサスだと反論。それを基礎として、中国共産党と中国国民党は交流・協力を進め、両岸関係の平和的発展と台湾海峡の平和・安定維持に貢献してきたと主張した。
「中国国民党」と同党の正式名称を使ったのは、国民党は本土で結成された中国の政党であることを強調するためとみられる。
なお、国営通信社の中国新聞社は同報道官のこのコメントを伝えた記事で、朱氏の訪米時の「不当な言論」に関する質問に報道官が答えたと書いたが、より影響力の大きい新華社電は「不当な言論」という言葉を使わなかった。
台湾事務弁公室報道官が国民党や朱氏に対する直接の批判を避けたのに対し、共産党機関紙・人民日報系の有力紙・環球時報(電子版)は同日、「『92年合意』堅持こそが国民党の優勢」と題する社説を掲げ、国民党は思想面で混乱や動揺が生じていると批判した。
同紙は国民党について、与党の民進党に「親中反米」のレッテルを張られて守勢に追い込まれ、92年合意放棄、「台湾国民党」への改称といったでたらめな考えが出てきたと指摘。「このような考えは政治的に幼稚だ」と決めつけた。共産党・政府の本音を代弁したと思われる。
一方、民進党は7日の声明で、中国側の言う92年合意はすなわち一国二制度なのであって、国民党にあいまいな余地を残しておらず、「朱氏の言い方は事実ではない」と指摘。台湾事務弁公室報道官のコメントも「台湾社会の嫌悪感を増すだけだ」と切り捨てた。
朱氏の新たな路線は今のところ、中国側の警戒を招く一方で、民進党からは中途半端だと批判される結果になっている。(2022年6月27日)