『蜘蛛男』

「課長」
「おらんけ」
「おりまへんな」
 次は、と目を細めて、とうに諳んじているはずの時刻表を見上げる。
「大垣発、14時58分か」近頃めっきり細かい数字が見辛くなった。
「鳥渡、煙草吸うてくるけ」
 課長と呼ばれた男は、大儀そうにベンチから立ち上がる。
 背を曲げて錆の浮いた階段を登って行く。

  滋賀県警米原署捜査3課長、横村康夫。国電の駅に網を張ってじっと待つその捜査手法から、署内では蜘蛛男と呼ばれている。横着者、と揶揄する気味もある。「小母ちゃん、ショートホープ」昼夜と無く一日中居座って、ふらりと煙草やスポーツ新聞を買いに来るものだから、キオスクの小母さんたちとはすっかり顔馴染みである。「あら、また待ち惚け」「ん」小母さんたちはしかし、その朴訥さ故に横村に少なからず好感を抱いていた。「物騒やわ、晩も寝られへん」そう言って怯えた風を見せながらも、事件の解決が近い事を知っている。だから小母さんたちは、親しみと敬いを込めて「京太郎先生」と呼ぶ。推理小説等にはとんと縁の無い横村は「何だそれ」と迷惑そうな、或いは照れ臭い様な顔をして、それでも旨そうに煙草を吹かしている。


「東西交通の要衝は罪びとの終着駅」―JR米原駅にて記す

※この物語は(以下略

#短編小説 #米原  

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