競売人
凡そ半世紀以上に亘り、古今東西に数多ある美術工芸の名品、奇品、珍品を木槌一本で捌き分けた老競売人の引退の日、競売場に程近い名門ホテルの大広間で盛大なパーティが催された。
老競売人が、居並ぶ名士名人を前に、朴訥な、しかしそれ故に胸を打つスピーチを終えると、ある若い新聞記者が怖ず怖ずと挙手をして質問の機会を求めた。
「あの、お訊ねしたいのですが、今日までに、これだけは是非我が物としたい、何かそう思える様な逸品はおありでしたか?」
「いや、お恥ずかしい話…」
と老競売人は火照った禿頭をつるりと撫で、率直なところを語って聞かせた。
「私などは無学に育ったものですから、如何なお宝も右から左、真実の値打ちと云うものはさっぱり判りません。ですが、物には由緒来歴と申しますか、もう様々なお話が付いて回る。気持ちのほっとする様な、ぞっと背筋の寒くなるような、或いは何とも可笑しい、或いは允に怪っ態としか言い様のない、そんな物の自ら語る処に耳を傾けて来られた事が、まあ競売人冥利であったとは言えましょう」
然る有名な女優はこれ見よがしにハンケチーフで瞼を拭い、然る名の通った実業家がこれ聞えよがしに鼻を鳴らした。
「ええ、幾つかの物語は、今夜このしがない競売人のためにお集まりいただいた皆様ならどなたでもご存知の事でしょう。しかし、また別に、この様な場所では到底披露する事さえ憚られる、その様な物語も数多くございまして、まあそういったものは唯私の胸の内ひとつに仕舞って、墓まで持って行くしかありますまい」
参列者の間に、大笑と、忍び笑いと、そっと吐かれた安堵の溜息が広がった。
老競売人は、実に律儀な男であった。
明くる朝、さっそくそれをやってのけて了ったのだから。