“さて若旦那様に嫁いで参りましたのが然る没落商家の一人娘、其節羽振りの良かった当家に縁を繋いでおこうと質草同然に差し出されたのが、また瓜実顔の色白美人、若旦那様は一目でのぼせ上りまして、まあ大旦那様も予て御贔屓にしていただいた由、無碍にも致しかねると縁談を御請けなすった。ところがいざ家に入りますれば、やれ京から絹の伊勢から真珠のと我儘三昧の贅沢三昧、その上器量ばかりか人誑しにも長けておる、何やかやと旦那様方を言い伏せて、飽く無う散財には目を瞑らせておりました。しかし好え時は何時迄も続く分では御座いません。戦争が始まってからと云うものめっきり商いが細うなりまして、とうとう当家の金庫も底が覗き始めておりました。心痛に祟られた大旦那様と大奥様が一年と経たぬ内に相次いで亡うなられてからは、愈々若奥様の好き放題、あたしは幾度と無う御諌めする様申し上げましたが、すっかり腑抜けて仕舞われた若旦那様は生返事をされるばかりで埒が明きません。そんな折、あたしが夜遅うまで帳場に居残って遣り繰りに頭を抱えておりますと、若奥様が又ぞろ金子を持ち出そうと致します。今の今迄は若旦那様の手前慎んでおりましたが、こうなっては一言申さずには居られません。然れば若奥様、番頭如きが賢しらにと申して尚も金庫に手を伸ばすのを圧し止めますれば、放せ放さぬかと鬼の如きに唸ります。そうこう揉み合っております内に、つい若奥様の首に手が掛かってきつうに締め上げておりました。やがて若奥様が事切れましたのを呆然と眺めておりますと、耳の穴から血濡れの毛玉様のものがころりと落ちました。何ぞと思えば一声(きき)と啼いて、羽を揮うて飛び去ったので御座います。幾らの性悪女とは言えもずに取憑かれておったとは気の毒な話、人様を殺めたあたしも寝覚めが悪い。それで斯うして自首致しに参上した次第。偏に御家大事の余りに犯した過ち、何卒寛容な御沙汰を…”