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ジュース2本分のがんばれを握りしめて〜2023桜花賞編〜

「100円玉で買えるぬくもり 熱い缶コーヒー握りしめ」
 
――― 尾崎豊 15の夜より

 JRAのレースで買える馬券は全部で10種類ある。単勝、複勝、枠連、馬連、馬単、ワイド、3連複、3連単、WIN5、そして応援馬券である。応援馬券とは単勝と複勝を同時に同じ額だけ買える券種であり、「がんばれ!」という文字が記されている。最低購入可能金額は単勝100円+複勝100円の200円。私はよくこの応援馬券を保存用に購入する。もちろん的中しても払い戻しはしない。ジュース1本が大体100円だとすると、応援したい馬のグッズがジュース2本分で手に入るようなものである。

「がんばれ!」という文字と共に、馬名が記されているのが応援馬券である

 
 2023年4月9日。私は東京で朝を迎えた。本来ならもっとゆっくり京都に帰ってきてもよかったのだが、今日に限ってはそうはいかない。なぜなら、阪神競馬場に行かなければならないからである。というよりも、リバティアイランドの雄姿を観に行かなければならないからである。 

リバティアイランドのここがすごい!


 リバティアイランドのキャリアはわずか3戦。しかし、その3レース全てがインパクトのあるレースだった。

 まずは昨年7月、新潟競馬場芝1600mでのデビュー戦。道中は中団馬群を進み、直線で外に持ち出すと異次元の伸び脚を発揮。2着馬を3馬身突き放す快勝だった。驚くべきは上がり3ハロン(600m)のタイム。なんと、JRAレコードタイの31.4であった。5月の韋駄天ステークスでもルッジェーロ(5着)が上がり3ハロン31.4を出したが、このレースは直線1000mのレースであり、ルッジェーロは古馬である。そんな破格の上がりタイムを2歳牝馬が、しかも1600m戦で叩き出したのだ。本当に鮮烈なデビュー戦であった。

 2戦目は10月のG3、アルテミスステークス(東京芝1600m)。新馬戦の勝ちっぷりが評価されてこのレースでは単勝1.4倍という圧倒的な支持を集めるも、2着に敗れてしまう。敗因は最後の直線で馬群に包まれて追い出しが遅れたこと。先に抜け出したラヴェルを捉えることができなかった。しかし、鞍上の川田騎手が最後の300mしか追えていない中で2着を確保したこと、ラスト100mの伸び脚が強烈だったことから負けて強しという印象が残った。そのため、次のレースでも1番人気に支持されることになる。

 3戦目は昨年の12月、2歳女王決定戦の阪神ジュベナイルフィリーズ(G1、阪神競馬場芝1600m)だった。アルテミスステークスの内容が評価されたとはいえ、2着に敗れたという事実は覆せない。そのため、1番人気ながらも2.6倍というオッズであった。それでも十分凄いが。
 レースはサンティーテソーロの逃げでハイペースで進む。前半3ハロンは33.7というラップ。リバティアイランドは中団を追走していたが、新馬戦の38.2、アルテミスステークスの35.8とはうって変わってハイペースで進むレースに対応できるかが不安であった。上がり3ハロン31.4を出せるような馬がこんなに速いペースを追走していつもの伸びを発揮できるのか??
 結果的に、そんな心配は必要なかった。最後の直線で大外から豪快な伸びを見せ、残り200mで早めに先頭に立ち、後続を突き放す一方。終わってみれば2馬身半差の快勝。あまりの強さに脱帽するほかなかった。レース後に父からは「アーモンドアイのシンザン記念くらいインパクトあった」と連絡があったが、私も同様の感想を抱いた。ご存じ、2018年の三冠牝馬である。このレースを見て、「来年の桜花賞は絶対生で見てやろう」と思ったことは言うまでもない。

リバティアイランドのライバル候補たち

 リバティアイランドは前哨戦を使わず、阪神ジュベナイルフィリーズから直行で桜花賞へ向かうこととなった。桜花賞までの間、多数のライバル候補が出現した。
 まずは牝馬ながらシンザン記念を勝ったライトクオンタムである。前が残りやすい中京マイル戦で、出遅れて大外を回して差し切った。ジェンティルドンナやアーモンドアイといった名牝たちが制したレースを勝ったライトクオンタムは、リバティアイランドの対抗1番手となった。
 クイーンカップを制したハーパーもライバル候補に名乗りを上げた。最後は阪神ジュベナイルフィリーズ3着のドゥアイズにも競り勝ち、稍重ながら1分33秒1の好タイムで勝利した。
 他にも、チューリップ賞を逃げ切ったモズメイメイ、チューリップ賞2着のコナコースト、チューリップ賞3着でエフフォーリアの半妹であるペリファーニア、フラワーカップを制したエミュー、フィリーズレビューを制したシングザットソングなどが新たなライバル候補に。2歳時にリバティアイランドを倒したラヴェルや阪神ジュベナイルフィリーズで2着だったシンリョクカなども含め、段々と勢力図が完成していった。

桜花賞当日、そして……

 ライバルは増えたが、リバティアイランドへの信頼が損なわれる事は無かった。桜花賞本番でも単勝1.6倍の圧倒的支持を集めた。2番人気はライトクオンタムで8.0倍、3番人気はハーパーで8.7倍だった。ここまでが1桁台のオッズであった。いかに一本被りだったかが分かる。
 しかし、後方からレースを進めるリバティアイランドにとっていい条件が揃っているわけでもなかった。ここ数年の傾向通り、今年も阪神の馬場は内の状態が良く前が残りやすい。後方からレースを進めるであろうリバティアイランドにとっては、内を突くとアルテミスステークスのように進路が確保できないリスクがあり、外を回すと届かない可能性がある。リバティアイランドと川田騎手にとって決して楽なレースにはならないなと考えていた。

 15時少し前に主役がパドックに姿を現す。3歳牝馬とは思えない筋肉質の馬体。調教もしっかり動けており、申し分のない仕上がりであった。返し馬も惚れ惚れするような内容。日本中の競馬ファンの期待を背負い、3番枠のゲートにその馬体を収めた。
 レースが始まる。リバティアイランドはスタート直後に若干行き脚がつかなかったが、すぐにリズムの良い走りを始める。レースは予想通りモズメイメイが逃げ、やや速いペースで流れる。道中後方4番手でじっとしていたリバティアイランドは最後の直線で1番外に持ち出した。先頭まではかなり差がある。前の方ではコナコーストが先頭を交わし、外からペリファーニアが襲い掛かる。先行勢の2頭が全く止まらない。残り200mを過ぎても前まではまだ距離がある。果たして届くのか?、、、3馬身、2馬身、1馬身、並んで、交わし、1馬身抜けたところがゴール。後方勢にとっては不利な展開の中、最後の最後に力でねじ伏せた。上がり3ハロンは驚異の32秒9。もちろんメンバー中最速である。上がり2位のキタウイングが33秒6なので、0.7秒も差がある。本当に異次元の末脚。強すぎて言葉が出ない。あまりのパフォーマンスに阪神競馬場ではどよめきがしばらく止まらなかった。紛れもなく桜花賞史に残る伝説のレースである。こんな素晴らしいレースを生で観戦できて本当に良かった。

残り100m地点でも前まで2馬身ほどの差があった

指の本数はどこまで増えるのか

 3歳牝馬三冠路線の二冠目は5月の優駿牝馬(オークス)である。無事出走することができれば、二冠がかかるリバティアイランドの一番人気は確実だろう。
 2014年の牝馬三冠路線。今年の桜花賞と同じように、川田騎手は一番人気馬で最後方から差し切り勝ちを収めた。その馬の名前はハープスターである。強烈な末脚は二冠目のオークスでも発揮されると期待されていた。しかし、オークスの最後の直線では先に抜け出したヌーヴォレコルトを捉えられず2着に終わった。
 川田騎手にとってはその時以来の牝馬二冠挑戦となる。9年が経ち、川田騎手は名実ともに日本のトップジョッキーになった。数多の経験を生かし、二冠に導いてくれることを期待している。そして、秋に新装された京都競馬場で三本目の指を立ててくれることを期待している。

 来週は皐月賞。