今年一番の悔しさ
人を成長させるものはなんだろうか。自分にとっては「悔しさ」だと思う。悔しい気持ちがあるからこそ頑張れる。
私は性格的に「負けず嫌い」ではないと分析している。真の負けず嫌いは負けることそのものが大嫌い。ジャンケンにしても指スマにしても叩いてかぶってジャンケンポンにしても、負けるのが気に食わないのだ。しかし私は「別に損ではないしなあ」と負けること自体は気にも留めない。
まあこれは弟がいた、という理由があるのかもしれない。何をするにしても、本気同士でぶつかれば兄が勝つことくらいは分かるのだ。でも、弟が負けず嫌いだったので、どこかで負けてやらないと収拾がつかない。というわけで、空気を読んで負けてあげてたという感じである。親からも「まあこの辺で負けてあげな」みたいなことを言われたこともあったっけ。若貴兄弟の逆パターンである。
しかし、私は分野によっては非常に悔しさを感じる瞬間がある。その一つが勉強である。やはり、ある程度得意で自信がある分野、というのが悔しさの前提にあるのかもしれない。
分野としては他にも色々あるが、私はスポーツの応援で熱くなるタチでもある。阪神ファンなので、阪神が負けると悔しい。あとオリンピックでの日本選手の応援も。でもこれは悔しさを感じるたびに自らが成長するわけではない。自分が悔しくても選手が強くなるわけではない。もっといえば、自分が応援しているチームや人が負けても、別に損をするわけではないのになぜかアツくなってしまう。一貫性のない人間だ。
2024年5月5日
そんな私が今年、最も悔しかったのはこの日である。童心に返るに相応しい、こどもの日の朝の出来事であった。
ゴールデンウィークに実家に帰省しており、その前日は高校の放送部の同期と飲んでいた。高校卒業以来に会うメンバーである。全員が集まれたわけではなかったが、皆の近況を聞くことができた。同期は私以外皆レディーだったのだが、最後に同期の親御さんに車で送ってもらった際に自分だけ無駄に体が大きく、同期を押し潰してしまったことは反省している。
どれだけ遅くまで飲んでも、次の日は早起きしなければならなかった。なぜならアメリカの最強3歳馬決定戦、ケンタッキーダービーを見なければならなかったからである。節目の第150回ケンタッキーダービー。このレースは「The Most Exciting Two Minutes in Sports(スポーツの中で最も偉大な2分間)」とも言われる。
そんなレースに今年、上位人気で臨む日本馬がいた。フォーエバーヤングである。
2歳時に圧倒的なパフォーマンスでJBC2歳優駿を制覇すると、海外レースを転戦。サウジダービー、UAEダービーを連勝し、無敗でケンタッキーダービーに駒を進めていた。
過去、日本馬はケンタッキーダービーで惜しいレースをしたことすらなかった。最高着順はマスターフェンサーとデルマソトガケの6着。両馬とも後方から脚を使ってバテた馬を交わしただけというレースであった。日本馬にとってはまさに鬼門である。
また、前走UAEダービー組の成績も奮わない。日本馬も欧州馬もドバイ馬も全て馬券外。常識的に考えれば勝てる訳が無い。フォーエバーヤングはたしかに強いし応援はするけれど……私はニンマリと笑っていた。もちろん、フォーエバーヤングには頑張って欲しい気持ちがある。ただ……このレース、獲れる。
自信の本命
海外レースの度に狙える馬を聞いてくれるゼミ同期がいる。おそらく今週末も「何がアツいですか」と聞いてくれるはずだ。
今年のケンタッキーダービーでも聞いてくれたので、私は穴馬を推奨することにした。ミスティックダンという馬である。
この馬は前走のアーカンソーダービーでは3着に敗れていたものの、その前のサウスウエストSで優勝。この時のベイヤー指数が101だった。出走馬中ではフィアースネスに次ぐ2番目の数値。これで10番人気と来たら買うしかない。
一方、フィアースネスはムラ馬タイプ。前走のフロリダダービーにおいて13馬身半差で圧勝した時のベイヤー指数は110をマークしたが、ハマらない時はかなり弱い。紐では買ったが、飛んでくれることを望んだ。
日本馬に関しては……もちろん応援したい気持ちはあるが、やはりUAEダービー組は買えない。アメリカのダートとはレベルもレース質もまるで別物。もちろん無印にさせていただいた。
いざケンタッキーダービー
ちょうど父が起きて、2階の寝室から降りてきた2,3分後。アメリカ競馬特有、けたたましいベルの音と共にゲートが開いた。ここで、日本のフォーエバーヤングは出遅れた。正直、ラッキーである。半分は馬券を獲ったようなものだ。
本命のミスティックダンは内から好スタートを決め、インの4,5番手を追走する。最高のポジション。フィアースネスは外3頭目を回されて、若干苦しいポジションに映る。
3コーナーから4コーナー、外からフォーエバーヤングが上がってくる。一緒にシエラレオーネも上がって来て直線に向いた。
直線に入るとまずは内から本命馬、ミスティックダンが抜けてきた。この時点で心の中のボルテージは最高潮。1頭抜けて突き放す。後続の追い込みはどうか……フィアースネスは外目追走が響いたか、馬群に飲まれている。外に目をやると、シエラレオーネと共に伸びてくるえんじ色の勝負服。日本のフォーエバーヤングだ。私は目を疑った。日本馬が?ケンタッキーダービーで?出遅れたのに?外からまくって?先頭に立つ勢い????
心の中で、「ああ、これは馬券を外してしまったなあ」とはなった。日本馬がケンタッキーダービーで上位争いに絡むとは聞いていない。しかし、こうなるともう関係ない。とんでもないことが起きようとしているのだ。日本調教馬が全米の強豪を抑えてケンタッキーダービーを制覇しようとしているのだ。私の視線はフォーエバーヤングに集中した。フォーエバーヤングは内で粘るミスティックダンに、シエラレオーネと共に襲いかかる。残り100m、シエラレオーネに寄せられながら、それでも力強く伸びてくる。ここまで来たらいける!!!勝ってくれ!!!頑張れ!!頑張れ!!!
3頭もつれ込んでのゴールだった。ケンタッキーダービー史上に残る大熱戦。
しかし、ゴール前の写真ではわずかにミスティックダンが出ていた。外のシエラレオーネにも僅かに及ばず。シエラレオーネに何度も寄られ、不利があった。それがなければ……と思ってしまうあまりにも惜しすぎるハナ+ハナ差。悔しかった。頂点にあと少しのところまで迫った。馬券を外したことなど、フォーエバーヤングがいなければ三連単を的中していたことなど、的中していれば10万円以上の配当を手にしていたことなど、心底どうでもよかった。
ケンタッキーダービー3着。とてつもない快挙である。それなのに、「凄い!頑張った!」というよりも「悔しい」という気持ちが勝った。それだけの気持ちにさせてくれるのがこのフォーエバーヤングという馬なのか。
ダート三冠最終戦
ケンタッキーダービー後、フォーエバーヤングは秋の最大目標を全米最強ダート馬決定戦のブリーダーズカップ(BC)・クラシックに定めた。アメリカのダートのレベルは世界一である。つまり、BCクラシックは世界最強ダート馬決定戦なのだ。
フォーエバーヤングはBCクラシックに向けての前哨戦として、ジャパンダートクラシック(10月2日,大井ダート2000m,Jpn1)に出走することとなった。フォーエバーヤングが国内で走るなんて……これは、行くしかない。
ライバルは決して弱くはなかった。今年から交流重賞となったダート三冠の2レース目・東京ダービーを6馬身差で制したラムジェットや、レパードS(G3)を制し東京ダービーでも2着に入ったミッキーファイト、春は皐月賞・ダービーに出走し前走久々のダート戦不来方賞(Jpn2)で快勝したサンライズジパングなどが人気を集めていた。
春の海外転戦の疲れもあり、フォーエバーヤングの仕上がりは8割程度だと矢作調教師は語った。直前に熱発があったという情報もあり、万全ではなかった。単勝1.7倍というオッズには、その辺りの微妙なファン心理が反映されていたように思えた。
三冠最終戦のゲートが開く。フォーエバーヤングは、そこそこゲートを出た。出遅れ癖のあるこの馬にしては良い方だ。そのまま先行態勢をとる。外のサンライズジパングと並んで2番手グループにつけた。向正面に入ると東京ダービー馬ラムジェットが後方から一気にポジションを上げる。前の流れは激しくなった。しかし、フォーエバーヤングはそれを受け止めきり、2番手で直線に向く。逃げるカシマエスパーダを早々に捉え先頭に立つ。そこに外から1頭襲いかかってきたのがミッキーファイト。向正面から4コーナーにかけて脚を溜め、最後の最後に突っ込んで来た。残り200mでミッキーファイトが交わしそうな勢いだ。この展開はもちろん前に残る馬にとっては厳しいはずである。
しかし、ここからがフォーエバーヤングの真骨頂、差されそうで全く差されない。むしろ、残り100mで突き放した。着差以上の完勝。しかも、これで万全ではないという。本当にどこまで強いのか。ファンの想いを込めた瑠星コールが大井の夜に鳴り響く。坂井瑠星騎手は勝利ジョッキーインタビューで「春はアメリカで本当に悔しい思いをしたので、そのリベンジをという気持ちは強いので、また強いフォーエバーヤングをお見せできればな、と思います。」と語った。
いざBCクラシック
フォーエバーヤングは予定通り渡米し、11月3日(現地時間2日)のブリーダーズカップ・クラシックに挑む。今年の日本からの参戦は3頭。フォーエバーヤングの他には、昨年BCクラシック2着に入ったデルマソトガケと、昨年BC クラシック5着であり昨年のドバイワールドカップで優勝したウシュバテソーロが出走する。彼らもアメリカでは悔しいレースとなったので、リベンジを期す。
ライバルはもちろん強力である。しかも、今年は米三冠馬の血を引く欧州最強馬も参戦。2018年に無敗で米三冠をジャスティファイの産駒であるシティオブトロイである。昨年、無敗でデューハーストステークスを制覇。今年初戦の2000ギニーは9着と敗れたが、英ダービーでは鬼脚を見せ復活V。その後古馬との対戦となったエクリプスS,インターナショナルSを連勝している。このBC クラシックがラストランとなる予定だ。
アメリカ勢ももちろん強力。フィアースネスはケンタッキーダービーでは大敗したが、その後ミッドサマーダービーと言われるトラヴァーズSを制覇。ケンタッキーダービー2着のシエラレオーネはその後、ベルモントS3着,トラヴァーズS3着という安定した成績。古馬勢ではジョッキークラブ金杯を制したハイランドフォールズ、パシフィッククラシックを制したミクスト、ウッドワードSを制したタピットトライス、ホイットニーSを制したアーサーズライド、サンタアニタHを制したニューゲート、サウジカップを制したセニョールバスカドールなどが参戦する。
日本勢にはぜひ、アメリカで味わった悔しさを晴らしてもらいたい。そして、私も悔しさを晴らしたいところだ。
とりあえず、フォーエバーヤングは切らないようにしようと思う。