ジュース2本分の頑張れを握りしめて~日本ダービー編~

 今年もこの日がやってきた。2020年にこの世に生を受けた7708頭の頂点が決まるレース、日本ダービーである。今年で節目の第90回を迎える。ダービーは国民の義務である、ということを法学部らしく憲法解釈から導いたのはこちら。

 私がリアルタイムで見たのを覚えているのは、2013年の第80回日本ダービー以降だ。武豊が怪我からの完全復活を印象付けたレースである。当時私は小学6年生だった。あれから10年、勝ったキズナはソングラインやディープボンドを、2着のエピファネイアはエフフォーリアやデアリングタクトを輩出した。エピファネイアに騎乗していた福永騎手は悲願のダービー初制覇を逃してしまったものの、その後の10年間でダービーを3勝し、今は現役を退いて調教師となっている。一方武豊騎手は……地方、海外を合わせてG1レースを23勝した。昨年は史上最年長でのダービー制覇を果たした。とんでもないオッサンである。まさにレジェンド。

 私自身もこの10年間で様々なことがあった。小6当時の自分に「君は京都大学に入って官僚を目指しているよ」と言っても信じないだろう。というかおそらく官僚という言葉を知らなかったのではないか。当時ナントカ省というワードで知っていたのは四川省か反省ぐらいである。

 今年のダービーはどんなドラマが待ち受けているか。学生生活最後のダービーは初の現地観戦である。皐月賞の時は中山初参戦だったが、今回は府中初参戦。楽しみでしかない。一人でダービーのためだけに京都から東京まで行けてしまうのが大学生の行動力である。

夜行バス

 最近、夜行バスで東京に行くことが多い。主な理由は面接や説明会等である。オンラインでも参加できる説明会や面談にわざわざ対面で行き、熱意をアピールするという非効率就活を行っている。
 ところで、皆様は夜行バスで寝られる方だろうか。私はどこでも寝れる自信があったのだが、夜行バスは意外と寝付けない。最近気づいた原因の一つに、アイマスクとか耳栓とか、普段の睡眠と異なる装備をつけすぎているということがあった。反省を生かし、ダービー当日のバス内ではあまり装備をつけなかった。ただ、今回もダービーが楽しみすぎてあまり寝られないまま5時半過ぎにバスタ新宿に到着した。スポーツ新聞を調達し、朝6時開店の新宿西口マクドナルドに並ぶ。そして、バス内で充電できなかったスマートフォンを充電し東京競馬場での映像撮影に備えた。
 

第(10×n)回日本ダービー

 チケットの都合上、東京競馬場に入場できるのは11時以降なので、マクドナルドではエッグマックマフィンセットを食べながらスポーツ新聞を読んで時間を潰していた。 

 スポーツ新聞を賑わせていたのは、第〇回日本ダービーの〇に入る数字が10の倍数であるときは1番人気が強いというオカルト情報である。たしかに、第50回以降のミスターシービー以降は毎回1番人気が勝っているし、通算で見ても8戦6勝である。ただ、第40回では圧倒的人気のハイセイコーが負けているという歴史もある。

第10回 セントライト(2番人気) 2:40 1/5
第20回 ボストニアン(1番人気) 2:34 3/5
第30回 メイズイ(1番人気) 2:28.7(日本レコード)
第40回 タケホープ 2.27.8(9番人気)(ダービーレコード)
第50回 ミスターシービー(1番人気) 2:29.5
第60回 ウイニングチケット(1番人気) 2:25.5
第70回 ネオユニヴァース(1番人気) 2:28.5
第80回 キズナ(1番人気) 2:24.3

 途中、重馬場の年があったりペースが遅かった年もあったりするが、基本的には年々速くなっているダービーの走破時計。かつて、JRAのCMでウイニングチケットのダービーが取り上げられた際は「熱狂の2分25秒」と表現されていたが、ここ10年の平均走破時計は2分23秒台である。

 そんな記事を読みながら京王線に乗り、府中競馬正門前駅で降車した。

歴史的な2023オークス

 先週行われたオークスに話を移す。圧倒的1番人気に支持されたリバティアイランドが中団の内から鮮やかに抜け出し、圧巻の二冠達成。2着馬との着差はなんと6馬身。平成以降では最大の着差であった。リバティアイランドのパフォ―マンスはもちろん歴史的なものであったが、もう1つ歴史的なことがあった。きっかけはオークス記者会見での、リバティアイランド騎乗の川田騎手の言葉である。

「競馬場に来られるお客さまに、少しお願いがあります。ファンファーレが鳴って、皆さんが盛り上がって頂く。それからゲート入りをして、最後の馬が入る時に、もう一度盛り上がる形に今はなっているのですが、以前であれば、ゲートが開くまで我慢して頂いたところです。3歳牝馬の繊細な女の子たちが、お客さんの目の前でゲート入りして、スタートします。陸上競技のスタートと同じように、ゲートが切られるまで、あと2秒ほど声援を我慢して頂いて、ゲートが開いてから、全力で盛り上がってもらえればと願っています。そこの協力をしていただけると、とても助かるなという思いです」

 大外18番の馬が枠入りを行ってからゲートがオープンするまでの2秒間、静かにしてほしいと現地のファンに要望していた。JRAもスタート前にお願いとして、「最後の馬の枠入りからゲートが開くまでは、ご静粛にお願いいたします」という旨の文をターフビジョンで放映していた。
 その甲斐あって、ファンもお願いに応えゲートオープンまでは静かにしていた。安全に、円滑にレースが実施されたのは素晴らしいことだ。特にオークスに関して言えば、昨年はサウンドビバーチェが放馬したことで発走が10分以上遅れ多くの馬に影響が出た。今年は全馬がフェアな条件下で実力を出し切れたという見方もできる。
 ダービー当日も、JRAからの「お願い」映像の放映が実施された。

いよいよ運命の瞬間

 いよいよスタートである。応援するのは皐月賞馬のソールオリエンス。皐月賞の時は心変わりを反省した。今日こそ君を応援する。そして、横山武史は2年前の落とし物を取り返してこい!!

 本馬場入場、カールスモーキー石井による国歌斉唱、そしてファンファーレ……全て熱気がこれまでの他のG1と格が違った。こんな経験は初めてだった。

 それでも、大外18番枠サトノグランツと川田騎手が収まってからの2秒間は一瞬の静寂。紛れもなく日本の競馬ファンが世界一であることを確信した。

 ゲートが開くと、17番のドゥラエレーデが鼻先を地面に付くほど体勢を崩し、鞍上の坂井瑠星騎手は落馬してしまった。

 逃げたのは田辺とパクスオトマニカ。1番人気(1.8倍)の皐月賞馬ソールオリエンスは皐月賞と打って変わって中団のやや前につける。皐月2着(4番人気)のタスティエーラはソールオリエンスのすぐ前、青葉賞馬(2番人気)スキルヴィングと皐月賞3着(3番人気)ファントムシーフは後方待機。

 前半の1000mは60.4秒とややスロー。3コーナー手前からパクスオトマニカがリードを広げ、直線入り口では2番手に10馬身の差をつけていた。タスティエーラは外目4番手、ソールオリエンスは馬群の中。スキルヴィングとファントムシーフは中団の外に進出し最後の直線に向いてきた。世代の頂点を決める525mの直線コース。

 パクスオトマニカのリードが徐々に無くなり、残り200m地点でタスティエーラがレーン騎手のアクションに応えて先頭に立つ。ソールオリエンスは残り300m地点まで身動きが取れなかったが、外のハーツコンチェルトと併せ馬の形で前を追う。内ではホウオウビスケッツが粘り、最内からはベラジオオペラが強襲してくる。残り100m。タスティエーラが抜け出すが、ソールオリエンスが襲い掛かる。「残せ!」「差せ!!」「レーン!!!」「武史!!」と、それぞれのファンが想いを叫びに変える。ソールオリエンスを応援する私はもちろん「武史!!!!武史!!!!」と絶叫していた。しかし、中山の重馬場で見せた鬼脚ほど迫力がない。「武史!!!頑張れ!!!」と叫びつつ、心のどこかで「あぁ……多分届かない……」と諦めていた。タスティエーラは粘りに粘った。最後はクビ差だけソールオリエンスを抑え、ダービー馬の称号を手にした。2着はソールオリエンス。生涯初の敗戦。3着は青葉賞2着のハーツコンチェルトが大健闘。4着は皐月賞の大敗で人気を落としていたベラジオオペラ。1~4着まではタイム差なしの大接戦だった。勝ちタイムは2分25秒2。

 ハイペースで先行馬が壊滅した皐月賞。一頭だけ上位に粘ったタスティエーラの底力はダービーでも遺憾なく発揮された。共同通信杯、弥生賞、皐月賞に続く春4戦目のレースだったこともあり、疲れが心配されていたが全くの杞憂であった。おめでとう。父サトノクラウンが3着に敗れたダービーで雪辱を果たした。今年の春クラシックは桜花賞、オークスをドゥラメンテ産駒、皐月賞をキタサンブラック産駒、ダービーをサトノクラウン産駒が制した。2015クラシック世代で鎬を削った馬たちの仔が大活躍である。

 一方、このダービーでは残念なこともあった。2番人気のスキルヴィングは最後の直線で手応えなく失速。大きく離されて入線した後、突然ターフに倒れた。馬運車で運ばれたが、急性心不全で死亡。まだ未来のある若駒であったこともあり、非常に残念である。改めて、競走馬が命懸けで走っていることを感じさせられた。

 複雑な気持ちで東京競馬場を後にし、新宿でラーメンを食べ、夜行バスで京都に帰った。次の週からは新馬戦が始まる。また、ダービーに向けた新たな戦いの始まりである。来年はどんなドラマが待ち受けているのか。目が離せない。