田舎の駅前再開発
今日は実家にいる。地方都市だ。駅前にいくと、チグハグな風景に出会う。なぜならば、駅前にある多くの土地が再開発の途中だからである。
私が子供の頃も、好きな風景ではなかった。駅ビルはこの地方では大きい方だが旧くて、おそらくバブル以前に建設されたのだろう。ゲームセンターによく行ったのを憶えている。駅前には性風俗の店も多かったが、それも含めて賑わっている感じもなく、建物自体も旧かった。
今の風景は少し違う。昔の店舗はすぐ近くの別の土地に移転しているか、新旧両方の場所で営業している。あるいは、旧い方の土地のビルは廃ビルとなっていて、おそらくいずれ取り壊されるのだろう。そして、更地にはしたものの隣接する他の土地とまとめて使う前の保留中の土地もあって、それが駐車場として運用されている。そのような駐車場の隣はまだ旧い建物が残っていて、外見を気にせずに作られた壁面が顔をさらしている。
建物は戦後からある旧いトタン戸建て、伝統的で権威的な屋根瓦も残ってはいるが、今後の発展をみこんだ新築ホテルの乱立も起こっている。この街にビジネスチャンスがあるわけではなさそさそうだが、おそらく県庁所在地に出張に来たビジネスパーソンがここで宿泊していくし、今後もそれが続くと見込まれるからだろう。
少し見渡すだけでもビジネスホテルが5軒か6軒はみえる。これはつまり、この辺りで高い建物はホテルばかりだという意味でもある。実際、私は最近都内の職場でこの街に新しく建てられたビジネスホテルの領収書を経理担当者としてチェックしたばかりである。
もちろん首都圏に比べれば広い土地の使い方をしているのだが、それだけにチグハグ、虫食い、廃墟と新築の同居、トタン板とレンガと金属外壁、瓦屋根と貯水塔、孤立したペンシルビル廃墟と変な形の土地に白線を引いただけの駐車場、といった部品がばら撒かれたようにみえる。道路ばかりが広くて真っ直ぐで秩序を示している。
街の立体形状としても、色遣いとしても、区画の割り方にしても統一感がない。いずれ再開発が終われば、このような無秩序も終わり、小綺麗な街並みが出現するのだろうか? 綺麗になるにせよならないにせよ、それが街の設計や意味付けを想起させるようなものでないとしたら、私のような意味偏重な者からすると不安であり、無機質で、ただヒトモノカネというリソースが大量に投入された事実しかみえない。だから以前と同じく、無意味で退屈な街だろう。
もっとも、私が都市計画担当者ならともかくそうではないし、街は無秩序に発展して元々のものであり、機能さえ果たせばひとつの街としての特色や意味などはむしろジャマなのかもしれない。
(1,098字)