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数学における「迂回」はどのようなものか?

私は勝負事に弱く、子供の頃からがんばって何かの大会で「優勝」したことが無い。しょうがないから、「競争は敗者を生産する不道徳な装置だ」などとたまに言っているが、本音は実力で勝って勝って勝ちまくりたい。道徳的な勝利だとか、解釈でみなし勝ちにする「精神勝利法」なんて呼ばれる敗北者を慰める装置もあるが、端的に勝てる場面なら勝ちたい。

そういう自分の気持ちをなだめるために、最近はオセロを学ぶことにした。なぜならば、ルールがシンプルで、囲碁のように終局が(初心者にとって)あいまいにみえないからだ。小さな大会などで優勝するまではいけないかもしれないが、素人に必ず勝てるぐらいにはなりたいと今は思っている。

さて、オセロの学習をするとき、アプリを使うと着手可能な升目(ますめ)の評価値も表示してくれるものがたくさんある。たいていは定石と呼ばれるアプリ以前から良いとされてきた手と重なるようなのだが、解説をみていると一番評価値のいい升目にずっと着手していれば勝利に貢献するわけでもないようだ。

なぜか? というのはどうも、今の局面では評価値が低い手でも、数手先の展開では一方的に有利な手を打てるようになったり、相手を不利な手に誘導できることがあるからであるという。近年は小学生がオセロの世界チャンピオンになったという話もあるが、彼の得意技は一見悪手にしかみえない手を10手先で好手に変えることだとも聞いた。

してみると、この「評価値」というのは飽くまで一手先の形を評価しているだけのようである。しかし、我々が知りたいのはもっと先の盤面、なんならゲームセットしたときの形勢である。なぜならば、ゲームで大事なのは当然一手先よりも10手先、10手先よりも終局時の状態だからである。もし比較すればの話であるが、それに比べれば一手先の形の価値は明らかに低い。

ところで、軍隊の用兵術には「迂回」というものがある。これは相手の陸軍部隊の正面(こちらが攻めにくい箇所)ではなくて、弱い方向(例えば敵部隊の側面、後方、上空など)から攻めるために移動することである。用兵では自軍の位置を有利な場所に変換することを「機動 maneuver」とも呼ぶから、迂回機動などと呼ばれることがある。

もし平押しに相手にぶつかって正面攻撃すれば、相手の陣地を少しずつ削り取っていくしかないところを、相手の射程外や気づかれにくい地域を通過して相手の弱い方向から奇襲できれば、相手部隊の組織的な力を崩し、負かすことはたやすくなる。

話を評価値に戻すと、オセロの解説をきいていて連想したのは、評価値にしたがって打つというのは言わば相手の部隊に正面から攻めるようなものではないか、ということである。一方、一見正面で相対する戦力を減らすというのは、いずれ正面衝突するという前提なら不利な行動であるが、減らした部隊を知らぬ間に迂回起動させて敵の弱い方面を脅かせるなら、これは悪くない作戦である。

私は残念ながら勝負事だけでなく、算術もできない。しかし、オセロやゲームの数学をやっている人々からすると、目先のスコアを棄てる代わりに何十手も先で逆転可能な手だけを洗い出す数学というものを実はもうどこかで開発していたりしないものであろうか? そんなことを素人ながら妄想した。

(1,334字、2023.10.27)


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