ボーデンバレット ホームラストマジックの裏側
ジャパンラグビーリーグワン第15節
トヨタヴェルブリッツ 35-31 横浜キャノンイーグルス
その瞬間、スタジアムが総立ちになった。ジャパンラグビーリーグワン第15節・トヨタヴェルブリッツ対横浜キャノンイーグルス。ホーンが鳴った後のまさにラストプレー。スタンドオフ、ボーデン・バレットの捨て身のキックからフルバック・髙橋汰地がインゴールに飛び込みトライ。ヴェルブリッツが劇的な逆転勝利を収めた。
プレーオフ進出、リーグワン初優勝を目標に戦ってきたヴェルブリッツだったが、前節終了時点でプレーオフ進出の可能性が消滅。この試合は今季のホームラストゲームということと、相手がプレーオフ進出を決めている横浜Eということがモチベーションだった。
過去を振り返っても仕方のないことだが、第2節、横浜の日産スタジアムで行われた両チームの対戦も大接戦。猛追したヴェルブリッツだったがわずかに及ばず22-24で敗れている。もしもあの試合で勝ち切れていたら、横浜Eとの立場は逆だったかもしれない。
今節も最終盤まで28-31でイーグルスにリードされていたヴェルブリッツ。逆転のきっかけを作ったのは意地を見せたFW陣だった。78分、自陣深くのスクラム。それまでのスクラムは何度も反則を取られていたが、このタイミングでは逆に相手側に反則のコール。残り2分で攻撃権を得た。
ペナルティで大きく前進したヴェルブリッツ。ラインアウトのスローはやや高かったものの、ジョシュ・ディクソンが長いリーチでキープ。そこから猛攻が始まった。しかしイーグルスのディフェンスも堅く、22メートルライン付近でのせめぎ合いが続いた。
ラストプレーを告げるホーンが鳴ったのは、ヴェルブリッツが5フェーズを重ねたタイミング。この試合はベンチからのスタートだったスクラムハーフのアーロン・スミスはFW陣にボールを託し続け、パスを受けたFWは壁のようなイーグルスディフェンスに挑みかかっていった。
ホーンが鳴ってから3分が経過。その間、ヴェルブリッツにミスはなく、イーグルスもファウルを犯さなかった。「アドバンテージが出てくれと思いながらFWの頑張りを見ていた」と髙橋。この両チームのハイレベルの攻防が好勝負に彩りを加えた。
その一方で髙橋は「ずっと(相手の裏が)空いていたので、(蹴るようにと)コールをしていた」と、勝機を見出していた。それはウイングの和田悠一郎やディック・ウィルソンも同じで、BK陣はそのスペースを狙っていたという。
ただ、アドバンテージが出ていない以上、もしも相手にボールを抑えられたらその時点で試合は終了。ヴェルブリッツの負けが確定する。このタイミングのキックはイチかバチか、生か死か、そんな意味合いになる。
重ねること31フェーズ。アーロン・スミスからボーデン・バレットにパスが出る。この試合がホームラストゲームとなるボーデンは、一瞬右を見てフェイクを入れながらチップキックを蹴った。
「フェーズの中でタイチがコールしたので、自分もそんなに(スペースを)見てなかったですけど、人生を賭けても彼を信頼して(蹴ることを)決めました。もちろん全てを掛けて彼を信頼している訳ですけど、その通りであとは実行するだけでした」(ボーデン・バレット)
「空いていたのでキックが良ければトライまでいける自信がありました。アドバンテージは欲しかったですけど、イチかバチかでボーディ(ボーデン・バレット)に『蹴れ』ってコールをして。本当に蹴るかどうかはボーディ次第でしたけど、蹴ってくれると信じて蹴る前から助走をつけてって感じでした」(髙橋)
ベン・ヘリングヘッドコーチはこの場面について「31フェーズという形で選手の努力も垣間見られましたし、あのプレーに関しては冷静さ、そして勇敢さというところで髙橋汰地とボーデン・バレットが非常に良い判断をしたと思います」と、その勇気を称えた。
正直、ボーデンが蹴った瞬間、筆者は「ああ、蹴っちゃった」と思った。ラストプレーならなおさらボールをつないでトライにまで持ち込むことがセオリーだと思っていたからだ。ただ、選手の肌感覚として『いける』と感じたことも、『信頼しよう』と考えたことも確かで間違いではない。ギャンブル的な要素が強いプレーだったが、それだけに髙橋がボールを大事につかみ、トライを決めた瞬間は戦慄と感動の思いが一気に湧き出てきた。たぶんつないでトライを決めても喜んでいたとは思うが、このプレーだったからこそ鳥肌が立った。
キャプテンを務める姫野和樹は「難しい判断だったと思いますよ。もちろんボールキープしなきゃいけなかったですし、ただキャノンさんもすごいハードワークをしていました。難しい判断だと思いますけど、その判断を信じるということがすごく大事だと思っています。ボーディがその判断をした、汰地がそれを信じて追いかけた、それが結果を生んだんだと思います」と、信頼がチームのベースにあったと述べた。
これまでの長いキャリアの中でも、アドバンテージがない中で、こうしたキックによる逆転トライは記憶にないというボーデン。蹴った瞬間の思いを次のように語った。
「勝つか負けるか、生きるか死ぬかという場面でしたけど、タイチを信じて結果を待つだけでした。仮にボールが違う方向に跳ねたとしても、我々としては100%コミットしていたので、そうであればその結果を受け止める覚悟はできていました」
魔法のようなキックの根底にあったのは勇気と信頼。なによりFW陣もBK陣も全てのメンバーが体を張って挑み続け、ミスをせずにやり切ったことが勝利を手繰り寄せた。そして付け加えておきたいのは、髙橋がボールを取る瞬間にボールが少し浮き上がったこと。これはたくさんのファンが、ヴェルブリッツの、そしてボーデンのホームラストゲームを勝利で飾ってくれるはずだと信じていたからだと思う。そんな問いかけをするとボーデンは最高の笑顔を見せて「その通りだよ」と言ってくれた。
ここから先は
ラグビーリーグワン、トヨタヴェルブリッツの選手インタビューやコラムなど、ラグビー初心者にも伝わるようライトに伝えます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?