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私が読書好きになった、運命の一冊

 1999年、4月──。
 私は小学校5年生になるタイミングで、2年半過ごした代々木から長崎市に引っ越すことになった。
 東京の学校から九州の学校への転校。これまでの10年の人生の中で、これが4回目の引っ越しとなる。引っ越しは慣れていたけれど、やっぱり何度繰り返してもちょっと寂しい。でも私は決めていた。代々木の頃はとってもおとなしい性格だったけど、次の学校では昔の私を知る人はいない。積極的なキャラとして振る舞おう、そして友達をたくさん作ろう、って。

 ところが──慣れない振る舞いは、そう上手くいかなかった。そもそも代々木と長崎では、別世界といっていいほど環境が違った。給食当番のシステムや授業で必要なものなどさまざまな部分に違いがあり、「同じ日本でこうも違うのか!」と思ったことを昨日のことのように覚えている。今までのキャラと違う振る舞いをしようとしても、上手くコミュニケーションができずただ空回りするだけだった。学校生活が、あまり楽しいと思えなかった。

 そんな私の楽しみは、休みの日や放課後に県立図書館に寄り、そこで本を借りること。

 代々木と比べて長崎が圧倒的に良い点は、図書館の蔵書量だ。代々木の頃は近所の図書館はあまり大きくないところばかりで、借りられる本の冊数も少なかったけれど、長崎では1人50冊も借りることができる。大きなリュックを背負っては図書館に通うのが楽しみだった。

 代々木にいた頃はそこまで読書好きというわけでもなかった私が、よく本を読むようになったのは、この本がきっかけだった。

 表紙のイラストが可愛かったことや、タイトルが面白そうだと思ったこと、そして主人公と自分の髪型が似ていることに親近感を持ち、手に取った。

 読んでみると、主人公は私と同じ小学5年生。意地悪なクラスメートがいるところも一緒で親近感が湧いた。幽霊の男の子に恋をした女の子の物語で、この話では主人公に新たなライバルが現れるという展開だった。
 この本はシリーズの3冊目ということが分かり、同じシリーズのほかの本も読んでみたくなった。著者の「名木田恵子」は、図書館の検索用端末で私が初めて作者名で検索をした作家でもある。

 やがて、同じレーベルから出ているほかの作家さんの本も他にもたくさん読んだ。お気に入りの作家も増えていった。正直、名木田恵子先生の本は私の中では当たり外れが大きく、「この本はイマイチだったなぁ」というものも多い。でも、作品に流れるどこか優しい雰囲気は大好きだったし、私が読書好きになったきっかけを作ってくれた作家さんということで、「好きな作家は?」という質問には「名木田恵子」といちばんに書くようにしている。

(私より少し上の世代の方々には、国語の教科書に載っていた「赤い実はじけた」の作者で、漫画「キャンディ・キャンディ」の原作者……と書いたほうが分かっていただけるかも)


 ──月日は流れ、2008年。私は大学2回生になった。高校を卒業して九州を離れた私は、京都の大学に通っている。
 本を読むことは相変わらず好きで、大学生になっても「青い鳥文庫」などの児童書レーベルも時々読んでいた。


 ある日、青い鳥文庫の作家のサイン会が行われるということを知った。
 名木田恵子先生&令丈ヒロ子先生のサイン会に申し込んでみたところ、見事に当選! 春休みに青春18きっぷを使い、私は京都から東京までやってきた。
 護国寺で降り、講談社の中に足を踏み入れる。女子小学生とその保護者たちばかりの中、19歳の私は少し肩身が狭い思いを抱えつつ、サイン会の列に並んだ。いよいよ私の番だ。

 名木田恵子先生だ!

 私の親と同世代くらいだろうか。優しげで、上品な感じの方だった。青い鳥文庫から出ている名木田先生の作品「コップのなかの夕空」にサインをいただきながら、そのほかの作品への愛も伝えた。ファンレターもお渡しできた。

 ようやくお会いできた。10歳の頃からずっと大好きな作家の方に、約10年越しにお会いできた。転校したばかりでなかなか友達ができなかった私は、図書館で会える本が友達だった。名木田先生の書かれた本や主人公たちが、私のいちばんの友達だった。

 もう当分、思い残すことはないかも……。興奮する気持ちを抱えながら私は講談社を出る。

 さて、これからまた移動だ。私は代々木小学校の頃の同級生と、事前にmixiで連絡を取っていた。東京に来るのならよかったら会おうよ、ということになり、10年越しの再会となる。動物好きだったKくんはどんな大人になっているかな。期待と緊張を抱えながら、私は駅のホームへと向かった。


※こちらの記事は、「運命の一冊 Advent Calendar 2020」として書きました。飛び入り歓迎だそうです。


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