Let us work, Together 朝ドラ「虎に翼」感想文(第10週)

どく‐りつ【独立】
[名](スル)
1 他のものから離れて別になっていること。
2 他からの束縛や支配を受けないで、自分の意志で行動すること。
3 自分の力で生計を営むこと。また、自分で事業を営むこと。
4 (法律の拘束を受けるが)他からの干渉・拘束を受けずに、単独にその権限を行使できること。
5 一国または一団体が完全にその主権を行使できる状態になること。

デジタル大辞林

基盤が壊れた後に

神保先生の年齢はわからないけど、仮に平沼騏一郎と同じならこの時80才。調べたら、夏目漱石も同い年だった。

既に開化というものが如何に進歩しても、案外その開化の賜物として我々の受くる安心の度は微弱なもので、競争その他からイライラしなければならない心配を勘定に入れると、吾人の幸福は野蛮時代とそう変わりはなさそうであることは前お話しした通りである上に、今言った現代日本が置かれたる特殊の状況によってわれわれの開化が機械的に変化を余儀なくされるためにただ上皮を滑っていき、また滑るまいと思って踏ん張るために神経衰弱になるとすれば、どうも日本人は気の毒と言わんか憐れと言わんか、誠に言語道断の窮状に陥ったものであります

夏目漱石「現代日本の開化」(明治44年11月講演)

引用した夏目漱石の講演は彼が44歳の時のものだけど、この頃の社会の主体である成年男性が置かれた生きにくさが垣間見えてため息が出る。

明治維新で社会の基盤がぶっ壊れたあと、神経衰弱になるほどのスピードで富国強兵していく中、急拵えの規範を軸に、男として/父として/夫として/師として/いつでも何かの長として振る舞わねばならない矜持と責任はどれほどだっただろう。

突貫工事のトップダウン。重い責任を持つ者たちが上に立ち、他の名もなきものは支える側に回ること。それが今までのルールだった。それが、壊れた。

人生の終期になって迎えた戦争、敗戦という徹底的な基盤の破壊があって、新しくインストールされたOSに合わせてもう一度自分をアップデートさせるなんて…「何もかも変化を強いられて苦しんで」いるのは、神保教授本人だったのかもしれないと思ったりする。

再インストールに必要なこと

「それが一般的な思考だよ」
神保教授にそう言われて、帽子で止められた口を開くことができない寅子。それが一般的な思考だよ。それが普通だよ。何が普通か、何が幸せか、何が正しいかは他の人が決めるんだ。

ああまったく、どんだけ多くの私たちがこうやって思考を止められてきただろう。女性だけじゃない。男性が、政治家が、教師が、親が、こうやって思考をやめさせられ、そしてやめさせ、ひたすら目の前のバケツをリレーした結末が、焦土として広がる国土ではなかったか。

そのような茫然自失の人々の中にあって、唯一クールな頭で次々に何をなすべきか指針を出し続けたのが、南原繁法学部長だった。(略)
南原がこの頃一貫して述べていたことは、日本をあの戦争に追い込んだ最大の原因は、日本人全体が精神的に独立した存在になっていなかったことにある、ということだった。であるが故に、日本人は誤れる指導者に盲従してしまった。今先ずなによりも先になすべきことは、日本人一人一人が精神的に独立した人間になることだ。

「天皇と東大」立花隆

再インストールに必要な条件は、精神的に独立すること。精神的な独立とは、思考すること、自分の考えを持つことだろう。

“普通”を捨てて“私”を持つこと。誰かの顔色をうかがわず、前を向いて「それが私なんです」と叫ぶこと。新しいルールは、「父さんが全部なんとかして」なんてくれないのだから。

Let us work, Together

”Let us work together, サディサン, for the sake of happiness our children.”
とホーナーさんは言った。
人種も性別も社会的身分も、何もかも異なる相手からかけられた言葉は、「私はあなたたちを救う」ではなく、「一緒に頑張ろう」だった。
寅子は年上の男性である彼にアタマを下げるんじゃなく、さっと手を差し出した。握手は、対等な相手との、協働のしるし。Let us work together、だ。

なりたい自分をみつけ、私が私でいることをみつけるのは、うん、多分一人じゃ難しい。
「なんで?」「君はどう思う?」「どうしてそんな他人事なの?」「続けて」
問いかけてくれる仲間がいて、一緒に考えてくれる仲間がいて、嫌味を言ってくれる仲間がいて、弱さを受け止めてくれる仲間がいて、取り巻く様々な人々の力を受けて、私たちはようやく私自身を取り戻せる。透明な縄を嚙み切れる。

個人として独立することは、決して孤独と同義ではないのだ。

深呼吸して、暗記した日本国憲法を読み上げる寅子のそばには、今はもういない人達もちゃんといる。深呼吸して、後悔しないよう、思っていることを口にして、形にしよう。

「第11条、国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。第12条、この憲法が国民に保障する自由および権利は、国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない。第13条、すべて国民は、個人として尊重される。第14条、すべて国民は法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的、または社会的関係において差別されない。」…

そんな中、なりたい自分でいるために選択した孤独があった。救えなかった孤独があった。

花岡氏の死をどう受け止めたらいいのか、私は、まだわからないでいる。

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