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SS 夢 【#春の夢】 #シロクマ文芸部
春の夢を見たと彼女はつぶやく……
「――春の夢なんですよ、桜が咲いていてとてもきれい」
「良かったですね」
胸元は鎖骨が浮きでて痛々しい。
「私も桜を見たい」
「もう葉桜ですからね」
布団から体を起こしているのもつらそうに見える。しばらく話して別れの挨拶をそこそこに部屋を出た。部屋の外で待っている母親がつぶやく。
「来年までは、もちません」
「……そうですか」
「婚約を解消しましょう」
「わかりました」
婿入りの予定だった、次男の自分にはもったいないくらいの家柄で残念な気持ちが大きいが、少しだけほっとしている。
彼女は奇怪な容貌をしていた。顔に大きなアザがある、桃色のアザは桜の花びらにも見えた。
(かわいそうな女だった……)
何の病気かは判らないが、アザに関係していたのかもしれない。体が悪いから、大きなアザもできる。夏になると葉書で彼女が死んだ事が伝えられた、葬式には、いかずじまいだ。
また春になると縁談が来て、普通の女と結婚して何事もなく暮らしていたが、夢を見る。
春の夢だ、彼女がさみしそうに立っている。桜の大樹の下で自分を見つめていた。夢を見た後は息が苦しくなり、はね起きた。妻が心配している。
「どうしました?」
「なんでもない……」
ああ、これは彼女への不義理のせいだと感じると墓参りに行く。かわいそうな女の墓に、桜餅を置いて手をあわせる。
「どうか成仏してくれ」
冷たい墓石を手に触れる、とても冷たくて気持ちが良くなる。墓石に額をそっとつけた。気がつくとベッドで横になっている。彼女が寝てる自分の額に冷たい手をあてた。
「もう長くないのですね」
「はい、体に大きなアザができて内臓が腐っているそうです」
彼女は夢を見ていた自分の顔を愛おしそうに見つめている。
「婚約は解消になりました、ごめんなさいね」
「……」
もう言葉が出ない。春の夢は残酷だ、熱病に浮かされたように、体をふるわせる自分から婚約者が離れていく。まってくれ、もっと夢を見させてくれ、頼むから……
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