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薄曇の空 第八話

     8.早まって降ったぼた雪

   私には異母兄妹が五人居る。
   年齢は長女、次女、三女、私、長男、四女の順番だ。
  当時金沢で名の知られるとある男性は、正妻との間になかなか後継息子が生まれなかったらしい。
  それで実母に手を付けたのだろう。残念ながら私も娘で、その二年後長男が生まれた為、実母と私は切り捨てられたらしい。
  もし私が男で生まれたなら違った人生であったかもしれない。しかし、いまとどちらが良かったのか知る由もない。

  祖母によると私の生まれた日は雪が降ったと言う。
「オいね、お前の生まれた日はァ、十月なん二ィ、ぼた雪降ってぇン。どんながヰね…。」
  子供の頃は実母より父親は病死したと聞いていた。
「死んだんやったら遺影がある筈、あるなら見せて?」
と、質問したが実母は答えられない。ばつの悪そうな実母の態度に、嗚呼…これはどうも生きてるんだなと、子供ながらに面倒な理由で私が誕生したと直感した。
  晩年の実母ががんの治療を受ける時の手続きで家族歴を質問されたが、父親との関係をどうしても答えられなかった。
「亡くなられたのですか?」
「…ご離婚なさったのですか?」
  繰り返し事務スタッフが無神経に質問した。
「母はシングルマザーです。父は初めから居ません。」
  何故私が代わりに答えなければならないのだ?…最期までおのれのケツを拭けない実母に胸糞が悪くなった。実父の顔は時々選挙ポスターでそれと気付かないまま見かけていたのだった。

「お前はあの男に似ている…。」
  中学生になると祖母から呪いの様に言われた。
  そんな仕方のない事を言われても…整形せぇってか?ほんナ無茶な⁈
  自分の顔を気に入っていたのでそんな気は全く無かったが、私があの男に似ているのは私のせいじゃないのに責めるなよと思った。
「お前は不憫や、私ャあん時堕ろせ言ったンに(実母が)生ムもんって。父無しの子にされて…生まれてこなければ良かったア。」
  …何なん?婆ちゃんは私に同情しとるんか憤っとるんか意味解らん。そりゃあ実母が誑かされて不愉快やったやろうけどォ?それを私に言うたかっテ…そんなんあんたの娘がダラやったからやろ⁈
  えエんナ‼︎…好きで生まれたんじゃない。私かっテ迷惑ヤわいネ‼︎…と思った。


  当時同じアパートの隣に3つ歳下の友達が住んでいた。彼女の母親もとある男性のお世話になっている身だ。
  その男性は定期的に顔を出し、娘をよしよしと抱きしめているのを見かけた。
「マユミちゃんとこ、お母さん愛人でもォお父さんにしっかリィ面倒見てもらって…良いウえ、ウチとは大違いや。母は甲斐性無しのダラや、悔しいなあ…。」
  それを羨んだところで生活が変わる訳でもない。早く働く事を身につけ、さっさと家族を捨てようと心に決めていた。自分の事は自分でどうにかする、それしかないのだ。
  実母の面倒を最後までみた私は何というお人良しか。



「今年はイナダが手に入らない。」
   時が過ぎ、金沢を離れても毎年夏にはイナダをオンラインで購入して食した。
  若い鰤を塩漬けにしたのち天日干しにしたものだ。かつお節の様に削り酒のアテやご飯と食べたりする夏限定の珍味で、夏負けしやすい私の対策食でもある。
「イナダが無いなんて珍しい、今年は若い鰤獲れなかったのかな…。」


  梅田での研修に出掛ける時JRを利用したのでサンダーバードをよく見かけた。
  ちょっと乗って2時間ちょいでいけるんだけどなあ…と考えたりする。
  関西住みが長くなってもやっぱり金沢に帰りたいと思う。腐った血縁は死んで家も無いがせめて金沢の空気を思いきり吸いに行きたいと切に思った。
  腹の立つ思い出ばかりだったがそれでも金沢は私の生まれた街だ。

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