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「医師の働き方改革」をコーチングで実践 聴く力で生まれた“Well-Being”
仲間たちが企業の枠を超えて集まり、ウェルビーイングについて話し合うワークスタイリングの「Well-Beingコミュニティ」。メンバーが働く業界は、医療や教育、法律、不動産など様々です。そんな多彩な面々の一人である医師の佐藤文彦さんは大学病院の勤務医時代、コーチングを活用して「幸せな職場づくり」を実践しました。
2024年度には、医療現場の過酷な労働環境を改善しようと、国による「医師の働き方改革」が始まりました。しかし、佐藤さんが取り組んだのは、その10年以上も前のことです。病院だけではなく、さまざまな職場に通じるヒントがありそう! どうやって取り組みを進めていったのか、佐藤さんにお話を伺いました。
午後5時に帰れる職場へ
1年間に960時間超――。厚生労働省によると、病院に常勤する医師の約4割が、これだけの時間外・休日労働をしています。しかも約1割は、年1860時間を超えている状況です。国による「医師の働き方改革」が始まったのは、こうした長時間労働が背景にあります。
佐藤さんは10年以上前、こうした改革に取り組み始めました。転機は2012年。東京の順天堂大学医学部附属順天堂医院から同附属静岡病院(静岡県伊豆の国市)へ、糖尿病内科の診療科長として赴任したのです。
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佐藤文彦さん
日本糖尿病学会専門医、Basical Health株式会社 代表取締役。順天堂大学代謝内分泌学助教などを経て、2012年7月に順天堂大学医学部附属静岡病院へ。糖尿病・内分泌内科准教授・診療科長として職場の働き方改革に取り組む。順天堂大学を退職後、日本IBM社の専属産業医を経て、2018年に独立。2024年末より「Well-Beingコミュニティ」のメンバーに。
静岡病院は、ドクターヘリが年間に800回も飛んでいる静岡県東部の医療を支える日本有数の第三次救急医療機関です。佐藤さんの着任当時、糖尿病内科の医師たちは朝8時には出勤し、午後10時から11時ごろまで病院に残る日々でした。
ところが、それから3年後には、同科の医師全員が午後5時には帰れるようになりました。長時間労働が解消されたことなどで、研修医の間で評判が高まり、研修希望者が増加。仕事の進め方や分担を見直したことでミスが大幅に減ったほか、病床稼働率や外来患者数、初診患者数が増え、糖尿病内科の収益向上につながりました。こうした取り組みや成果は、厚生労働省の委託事業である調査・研究報告書(*)でも先行事例として取り上げられています。
*2019年度「医療分野の勤務環境改善マネジメントシステムに基づく医療機関の取組に対する支援の充実を図るための調査・研究」p362
意識したのは「傾聴と質問」
佐藤さんはどんなアプローチをとり、結果を出したのでしょうか? 静岡病院に異動したころ、コーチングの講座を受け始めたという佐藤さん。当初の目的は、患者さんとのコミュニケーションの質を上げることでした。ところが、講座で出される課題を通して医師や看護師らへのヒアリングを重ねるうちに、図らずも「働き方改革」が始まったのです。
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積極的に取り入れたのは、「1 on 1」という手法です。1対1で対話し、日々の仕事のことや職場の改善点、本人が描くキャリア像などを聴きます。しかし、そのために、あらかじめ日時を設定することは、あまりしなかったそうです。病院という特性上、毎日スタッフたちとは毎日のように顔を合わせます。そのため、ランチ中などの会話や雑談を通じてさりげなく質問したり、本音を聞き出したりしていました。そのためには、日ごろの声かけや挨拶といったコミュニケーションを怠らず、心理的安全性を保つことが大切だといいます。
特に意識していたのは、「傾聴と質問」です。「自分の話はせず、相手が好きなことをどんどん話せる状況を作るよう心がけました」。やり取りの中で気になることがあれば「それはどうなの?」と聞いてみる。そして、その場で話しづらいことがありそうだと感じたら、改めてじっくり話を聞く機会を設けたそうです。
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ヒアリングを通して、改善策や提案を本人たちの口から引き出した結果、着々と実行に移されたといいます。「やっぱり、人は自分で発言したことには責任を持つようになります。だから、みんながより主体的に動くようになるんですね」。同じ事をやるにしても、上司からの指示で「やらされる」よりも、自らの意思で「やる」方が成果が出やすい。医療の質の向上にもつながったと、佐藤さんは考えています。
タスクシフトは根気強く、丁寧に
ヒアリングを通じて分かったことの一つが、タスクシフトの必要性です。まずは医師の業務を棚卸しして、医師以外でも担える業務は看護師や他のスタッフたちに任せることにしました。
例えば、これまで医師が勤めていた講師役を、看護師や薬剤師が務めるようになりました。糖尿病内科では、患者さんが糖尿病の理解を深めるための「支援入院」を導入しています。患者さん向けの講座は重要な入院プログラムの一つで、その講師役をタスクシフトしたのです。当初は「自信がない」と漏らしていたスタッフたちも、医師たちが内容を監修し助言することで、安心して取り組めるようになりました。
シフトするのは、医師の仕事だけではありません。例えば、看護師はベッドメイキングを看護助手に任せ、患者さんに寄り添った仕事に専念してもらうようにしました。
「タスクシフトで必要なのは、根気強く丁寧に教え、しっかりと教えきること」。佐藤さんは、こう話します。時には「自分でやった方が早い」「やり方を説明するのは面倒」と感じてしまうことって、ありますよね。しかし、覚悟を持って粘り強く教えきることで、その人が本来専念すべき仕事に取り組めるし、任される側にも自信が生まれて成長につながるというのです。
コーチングに活きた吹奏楽の経験
佐藤さんが地道に取り組みを続けられたのは、日々のコミュニケーションを自己採点してきたから。「音楽の経験が大きく影響している」と話します。
音楽とコーチング⁉ 一体、どんな関係があるのでしょうか。佐藤さんは高校時代、吹奏楽に打ち込み、チューバという大きな金管楽器を担当。3年生のときには念願だった全国大会出場を果たしました。
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しかし、自分たちが会心の演奏ができたと感じても、コンテストで結果が出ないこともあったそうです。「音楽には残酷なところがあって、どれだけ正確に演奏できたとしても、聴く側が『つまらない』と感じたら、それは評価されないんですよね」。つまり大事なのは、自分ではなく相手がどう受け止めているのか、ということ。「日ごろのコミュニケーションにも同じことが当てはまると思っています。学生時代からの癖で、『今日はうまくいったかな?』『ちょっと外しちゃったな』と常にその瞬間に振り返るようにしていました」
経験をWell-Beingコミュニティでシェア
佐藤さんは静岡病院に4年勤めたのち、順天堂大学を退職。大手企業に専属産業医として勤務した後、起業・独立しました。現在は複数の企業で産業医を務めるかたわら、医師の働き方改革に関するコンサルティングや研修もしています。
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そんな佐藤さんがWell-Beingコミュニティに加わった理由の一つは、業界の枠を超えて自分の経験をシェアしたいと考えたから。人手不足が深刻な建設業や運輸業も含めて「コーチングはどんな業界にも通用する」と確信しています。コーチングで職場改革に取り組む全国の医師たちへのインタビューを通じて、その考えはさらに深まりました。
「若い人たちほど、コミュニケーションスキルへの意識が高いと感じます。むしろ、病院長や管理職を任される中高年ほど、リスキリングとしてコーチングを学び、若手としっかりコミュニケーションをとることが重要です。リーダーの考え方が変われば、組織は必ず変わります」
佐藤さんがコミュニティのメンバーになった理由は、他にもあります。それは、地域を支える病院の厳しい現状について、多くの人に関心を持ってもらいたいと思ったから。人手不足や物価の高騰、全国一律の診療報酬といった要因から、多くの病院が経営難に直面しています。特に勤務医は過酷な労働環境のため、志望者が減り続けているのが現状です。
「地方創生やSDGsの議論で、医療の重要性は意外にも見過ごされがちです。しかし、地域のウェルビーイングは、安心・安全な医療体制が整ってこそ成り立つものです。医療業界以外の人にも、こうした現状にぜひ目を向けてほしいと思っています」
佐藤さんも参加するWell-Beingコミュニティについては、こちらの記事もぜひご覧ください!