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オバハン矯正日記1 口を閉じて死にたい
オバハンと言われる年になって矯正を始める理由はただ1つ
口を閉じて死にたい。
それだけだ。
20年ほど前に祖母が亡くなった時
「口が閉じませんねえ」
と亡骸の口を閉じようとして葬儀屋が苦労しているのを見た。
祖母は歯並びが悪かったようだ。
私もどうやらポッカーン口を受け継いでいるらしい、
と自覚したのはその頃。
そういえば大学生の頃には
「あんた、口開いたまま寝てたよ」
と母に指摘された。
その時に気づいてほしかった。
「娘は歯が出ている」
ということに。
寝ている時に口が開いたままになることが多く、
就寝時、特に冬は乾燥防止にマスクが欠かせない。
うっかりマスクを忘れて寝た日は
口の中がカッピカピになり、
喉が痛くて目が覚める。
風邪をひくのはいつも喉からだ。
ぽっかーん、と口を開けたまま
死に化粧をされるのは悲しい。
なんとしても口を閉じて死にたい。
その一念で有り金はたいて矯正を始めることにした。
究極の終活である。
子どもの頃の私は幸か不幸か、虫歯がなかった。
歯医者の家の子か、よほど意識が高い家しか
虫歯がないのに歯医者に行く子は周囲にいなかった時代である。
少なくとも我が家は歯医者に行くお金がない、という
家庭環境ではなかった。
子どもを私立の小学校に行かせられるぐらいには裕福だった。
にも拘わらず、子どもに歯列矯正させなかったのは
情報がなかったか、必死さが足りなかったからであろう。
おそらく後者だ。
当時「矯正」をしている子は
・親が歯科医
・とにかく歯並びがガタガタで噛むのに支障がある
・八重歯が悪魔みたいに生えてきて、口が閉まらない
・永久歯が生えてこない
・虫歯が見つかったついでに矯正もする
など、そもそも歯医者に接点があった子が
しているものだった。
おかげで虫歯のなかった私は、
大人になるまで歯医者に縁がなかった。
周りに「歯医者の子」が何人もいたというのに
勿体無い話である。
小学生の頃から、大きなあくびをすれば「カッコーン」
と豪快に顎が鳴っていても、
2日酔いの翌日に口が開かなくなっても(完全に顎関節症だ)
歯並びのせいだとは思わなかった。
就職して初めての歯科検診で
「歯が一本生えていませんね」
と言われたのが、
初めての歯医者体験である。
(その後は定期的に通っている)
そんな私がオバハンになり、
今更歯列矯正に目覚めた理由。
それは我が子の矯正だ。
今や子どもの歯並びを気に掛けるのは
親の愛情、とばかりに
矯正歯科は乱立している。
(そろそろ保険負担にしてほしい)
キレイな歯並びが
スポーツや勉強にも効果あり、となれば
親も躊躇する理由がなくなる。
かわいい我が子に
惨めな思いをしてほしくない。
歯並びのせいでいじめられたり
就職先で、
見合いの時に、
悲しい気持ちになってほしくない。
その親心から、習い事のような気軽さで
矯正を始める子のなんと多いことか。
子どもたちも抵抗なく矯正歯科に通い、
夕方になると歯医者の駐輪場には
子ども用の自転車がずらりと並ぶ。
永久歯が生え揃うまでに
キレイな歯並びを手に入れる子どもたち。
思春期以降に永久歯を何本も抜いて、
矯正する時代は終わったようだ。
なんだか悔しい。
この子たちは、オバハンになっても
「口を閉じて死にたい」
なんて思わないんだろう。
それがいい年した昭和生まれのオバハンが
「歯列矯正」に挑むことにした
動機である。
続く