『たまごの祈り』①

 秋は、いつのまにか私たちを包み込んでいた。

 スカートの裾が揺れて、脚の隙間に風が通るのを感じながら、パイプ椅子の上にぼうっと座って人々が流れるのを見ていた。通り過ぎる人はそれぞれに、無意味に楽しそうだったりそうじゃなかったりした。銀杏と屋台から上る煙の匂いが混ざり合って、吸い込んだ空気は何だか変な味がした。私はそれをそのままため息にして吐き出す。
 駅からの放射線通りには、ガラス容器に閉じ込められた植物やパッチワークの手製鞄、アクセサリー雑貨や絵葉書きの展示なんかが並んでいた。趣味の陶芸品売ります、十五分であなたの似顔絵書きます、などと、思い思いに手書きの宣伝を簡易的な店先に掲げ、そのわりに店番はどこも随分と気怠げに座っていた。通り過ぎる人々はその間を縫って、時に立ち止まりしげしげと人の手から生み出された雑然を眺め、時に全く興味がない風を装い、ただ流れていった。夕暮れの群衆はただ歩き、そこに座り、何かを選ぶと選ばざるとに関わらず自由だった。
 通路を挟んで向こう側では、ピエロが長い風船をくるくると動かし、花を作ってあどけない少女に跪いて渡していた。偽物の花に無邪気に笑いかける少女も、それを見て微笑む両親も、雑然と通り過ぎる秋の夕も、全てが平和みたいだった。
 唐突に、店を早めに切り上げて駅前のカフェに寄って帰ろうと思った。わたしはあそこのたまごトーストが好きなのだ。すこし焦げ目のついた、バターを無闇に優しく染みこませた食パンに、マヨネーズ和えにされぽってりと乗せられたあら潰しのゆでたまご。私は食べるのが下手だから、いつもたっぷりと乗っかったたまごを、お皿の上にこぼしてしまう。

 しばらく私はそれに気づかなかった。もし風に運ばれたパンフレットが足元に張り付かなかったら、永遠に気づかなかったかも知れなかった。それくらいじっと、彫刻のように動かず、彼は私の店の棚を熱心に見つめていた。彼の横顔からのびる長い睫毛を尻目に、足につきまとうパンフレットを拾い上げた拍子に、膝の上から文庫本がこぼれ落ちた。サンダルを履いている私の無防備な足の上に、本が鈍く落ちた瞬間、私は大して痛くもないのに、痛い、と声に出してしまった。彼が顔を上げてこちら側を見る。

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