『たまごの祈り』㉕
「もう、こういうのやめにしよう。私、あおちゃんのことずっと困らせたいわけじゃないの。ごめん、帰るね」
帰り支度を始める彼女に、ひとこと待って、とすら言えなかった。玄関に向かう彼女を追って部屋を出ると、ちょうど買い物から母親が帰ってきたところだった。彼女は、おじゃましました、と丁寧に母にお辞儀をして、じゃあ、また学校でね、といって、外に出て行ってしまった。
母親が私に、お友達?もっと早く戻ってお菓子とか出してあげればよかったね、と言った声に対して、私は曖昧に返事をすることしかできなかった。端から見ればお友達に見えただろうけど、彼女は恋人の女の子で、でももう次に会っても彼女とこれまで通り気軽に話せる気はしないのだと、母に説明なんてできなかった。彼女とのことを説明して、女の子が恋人だったなんて、と母に知れたら、幼稚園のときに起きたあのことを思い出して、男性不信になったのはあなたを守れなかった私のせいだなどと、責任を感じて泣き出してしまうかもしれなかった。同時に、そんな風に考えた自分を恥じた。説明ができない普通でない交際を堂々と貫けるほど、私は恋人としての彼女を愛していなかった。私以外誰も悪いことなんてなかったのに、私は、家を出てしまった彼女のことも、母親のことも、誰のことだってどうすることもできなかった。
そのまま彼女とはクラスが別々になり、驚くほどあっさりと疎遠になった。彼女から初めてもらった手作りのチョコレートケーキに沈んだオレンジピールは、甘くて苦かった。私は彼女のことなんて何ひとつわからずに、自分のことはおろか、ほかの誰かのことなんて何ひとつわからないまま、ここまで来てしまった気がした。