『たまごの祈り』②

「見たことある顔だと思ったんだ」
 ほら、伊田さん、駅前通りの本屋さんによく来てるでしょ、あそこでバイトしてるんです、おれ。彼はそう言いながら、目の前のアイスティーをストローでくるくるとかき混ぜた。気がつくと私はお気に入りのカフェで彼と向かい合って座っていた。
 彼は私の売っていたつるりとした卵型の彫刻(木製で表面に和柄モチーフを描いたものだ)を見つめながら、これ、ひとつ下さい、とちいさく呟いた。それから、これをつくった人と話がしたいんですが、と、あまりに丁寧に頼むものだから、私はまんざらでもない気持ちで、じゃあ少しお茶でも、とカフェに誘ってしまったのだった。
 柳です、とイメージよりもすこしだけ低い声で名乗った彼は、一緒にお茶を飲むには綺麗すぎる男の子な気がして、今更になって私は勝手に気まずくなる。私は男の子が得意じゃないのだ。私よりあかるい髪色に、笑うと優しく細む瞳が、賢くてそれでいてどこか抜けている大型犬のような、邪気のない印象を与えた。
 トーストを頬張っているときの私は、もしかしたらちょっとばかみたいな顔をしているんじゃないかと考えてしまって、ひとりで来たときよりも少しずつそれを囓るようにする。何を考えているかわからない相手には、できるだけ無難な印象を与えたいのだ。実際、彼の瞳の奥の色にはつかみ所がなかった。何か悲しい映画のラストシーンでも見ているような、じんわりと潤った瞳。人の良さそうな口角と不釣り合いなそれを盗み見て、私はほんの少しだけ不安な気持ちになった。小さい頃母親と行ったデパートで、迷子になったと悟った瞬間のような、絶望に頭が冴えていく匂い。
 柳くんは、いつもより長く咀嚼を続ける私のことなど気にせず話を続ける。バイト先の本屋に来たおそろしくお金を出すのが遅い老婦人のこととか、大学に住みついてるまだら模様の猫のこととか。
 こちらが曖昧に相づちを打っても勝手に喋ってくれるものだから、変に緊張するのにも飽きた私は、わけもなくコーヒーカップの表面を撫でたりした。少し冷えた指先に伝わるコーヒーの温かさ。
「それ、ブラックのまま飲むんですか」
 私がカップを口に運んだとき、不意に柳くんが言った。
「甘すぎるコーヒー、得意じゃないので」
「すごいですね、おれ、ブラックコーヒーって飲めないんです」
「そうなんですね。なんていうか、そんな顔してますよね。いい意味で」
「どんな顔ですか」
「ブラックコーヒー飲めません、って顔」
「なんかちょっと馬鹿にされてる気がするなあ」
 柳くんはそう言いながら、細い指先で頬を掻いて笑った。もしかして彼の指のほうが私の指より細いんじゃないかと、少し羨ましく思った。彼はアイスティーにガムシロップを二つも混ぜて飲んでいた。これは女の子に人気があるタイプだろうと、なんとなく思った。

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