『たまごの祈り』㉒

 中学生の頃、恋人を作ったことがあるのをふと思い出した。
 その子は小学校に上がる時期、同じマンションの別の棟に引っ越してきた子で、家が近所だった。二年生と六年生の時に同じクラスになり、時々班や委員会が同じだったので、特別仲がいいわけではなかったが、たまに話す友人のひとりという距離感で接していた。
 同じ中学に上がり、一年生でまた同じクラスで隣の席になったのをきっかけに、それまで以上によく話すようになった。美術部員だったその子は絵が上手で、よくノートに少年漫画のキャラクターを描いて見せてくれた。授業中私の似顔絵を描いて見せてくれたこともあった。しばらく随分と親しい友人として接していたのだが、その子が私のことをいつから意識していたのかはまるでわからなかった。
 しかし、冬の寒い日、雪が降った日、あの日は確かバレンタインだったと思う、放課後、誰もいない教室に呼び出されて、ピンクのリボンで飾られたかわいらしい袋に入った、手作りのチョコレートケーキを私にくれた。
 その子は私を、好きだと言った。
 寒くてか緊張でか震える指先が紅く、うつむきながらゆっくりとそれを伝えた。さらさらとしたショートヘアの隙間から覗く耳まで、紅く染まっているのを見て、ああ、この人はいまとても真剣なのだろうな、と、ぼんやりと考えたのを覚えている。

 私は男性が苦手だった。
 そしてその子は、女の子だった。
 私たちは、その日から付き合うことになった。

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