『たまごの祈り』⑦

 柳は、人なつっこいと思う。ボールを投げたら遠くへまでも駆け出して、きっと拾って帰ってくる。そんな誠実さをもった人だ。そんな風だから柳は、時折苦しそうに見える。

 今年は、金木犀を見に行けなかった。踏切の向こうにある和菓子屋さんに立ち寄り、クリームどら焼きを選んでいるときに、隣のショーケースに入っている綺麗なオレンジ色の金平糖が目に入った。そこで初めて、去年はよく見に行っていた、公園の金木犀を思い出したのだ。
 私は金木犀の香りが好きだった。乳製品の発酵した甘みと、柑橘のさわやかな心地が混ざり合ったような、あの匂い。去年はよくあの公園へ、魔法瓶に入れたあたたかいほうじ茶を持って散歩をしにいっていた。あの香りの季節が、気づいた頃には過ぎてしまっていたのは悲しいけれど、代わりにあの金平糖を買っていこうと思った。熟しきった果実みたいに甘ったるそうなオレンジ。
 甘さ控えめの抹茶クリームどら焼きをふたつと、オレンジの金平糖をもって和菓子屋を出た瞬間、木枯らしが私の髪を乱した。つめたい風にすこしだけ伏し目がちになった私は、早歩きで川沿いを目指した。柳が家の近くの河川敷で写真を撮っていそうな日には、甘いものを買っていくことにしていた。来年は柳に、綺麗な金木犀を撮ってもらおうと思った。

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