『たまごの祈り』⑬

 透子と劇的に出会ったのは、それから三日後のことだった。
 彼女は学内を歩く私を見つけるなり、初対面である私の左手首を掴んで、ちょっと話したいことがあるんだけど、と言って、綺麗な眉間にしわを寄せながら、学生食堂にあるテラス席に無理矢理連れて行った。私は何のことかわからず、ただただ唖然としながら連れ去られたので、席に座ってから、この人の激しさは歩く台風みたいだなと思って、すこしだけ気の抜けた炭酸のように、ふっと笑ってしまった。
 
「いつから付き合ってるの」
 台風だと思われているなんてまったく気づかない彼女は、棘のある激しさで一方的に吐き捨てるように訊いた。なるほど彼女はその激しさに似合わず自然に美しかった。なんのことだか全くわからなかったので動揺して黙っていたら、彼女はいらいらしたように机をこつこつと人差し指で叩きながらもう一度訊いた。
「いつから付き合ってるのって訊いてんの、翔太郎と」
 どうやらこの女の人は勘違いをしているようだった。そこで、目の前に座る彼女が、あの日柳と河原で話していた女の人だと気づいた。彼女は何か重大な勘違いをしていて、私が気にくわないらしかった。
「付き合ってないです」
「はあ?あんたでしょ、私の代わりに翔太郎んちに引っ越すのって」
「確かに引っ越しはするけど、付き合っているわけではないです」
「なによそれ、じゃあなんで一緒に住むのが私じゃだめなわけ?」
 彼女は本当にありえない、という顔をしながら、綺麗ながらも凄みのある声で、本当にありえない、と呟いた。
「翔太郎とあなたが付き合っていないのなら、立場的には私も一緒じゃない」
 彼女は、本当にどうかしている、といらいらしながら吐き出して、もういいわ、話にならない、あんたたちの引っ越しが終わったら今度家に行くから、と言って、足早にその場を去った。彼女のように激しい風が頬を切り裂くように流れたので、なぜこんなにも寒い日に、彼女は暖房の効いた室内ではなくテラス席を選んだのだろうとぼんやり考えた。人が少ない席を選んだということは、激しい彼女なりにデリケートな話題だったのかも知れないと、私はなんとなくの結論をつけて、あたたかい緑茶を飲みに学生食堂に入り、ついでに玉葱とツナの総菜パンを買って食べた。
 パンを食べるとのどが乾くので緑茶で流し込んだら、少し熱すぎて、驚いた舌がひりひりと痛んだ。
 それにおれ、きっと、普通の恋愛ってできないんだ、という柳の声が頭の中に響いた。水を含んだ重たいパンの塊が、胃の中に落ちていくのがわかった。

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