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地球生態系と多元宇宙などからOccupationを意識する。量子波動や魂やDNAとの因果について語る

皆さん。こんにちは宙唄です。

いつも、浮かんできた事象、形而を意識することに対してただ「note」しています。

スタンドエフエムでも少しずつ音声更新をして始めました。

小さな「孤独」と「孤独」の声、波動がどこかの何かの因果につながって行くことを期待しています。

最近地球人類社会とテクノロジーやグローバル金融資本主義の歴史や因果関係に関する事が多かったので、

今回は、自然界へと意識回帰していこうと思います。

改めて環境、特に自然界が人類の意識に与えている偉大さを感じます。

大体全ての神話や聖霊は宇宙、天体、そして地球の自然界の現象に紐づいて存在してきた事自体が人類の思考の核となる部分にその存在との因果関係によって善悪、判断基準の形成が重ねられてきているとも言えるのではないでしょうか。

ホモサビエンスとしてこの現在地球上で存在している、僕の価値基準を社会の中にある共通概念の中で捉えるなら

『Human Occupational of Wellbeing』

が核に存在しています。

日本語にするとするならば

「人間としての役割と在り方」

とでもなるでしょう。

人間という霊長類は何も意識せずとも呼吸をして、血液が流れて、細胞が活動して、何かを感じて何かに従って行動します。

『本能』

基本的にエネルギーとなる食べ物を得て、行動し、排泄して、眠り、繁殖してまた食べる。それを社会的な協力によって子孫繁栄のための環境を形成していく。

また思考があり、共通概念の元に集い目に見えないことを意識して全体の利益のために働き、また自己も全体の利益から恩恵をもって支え合いながら生活する事ができる。

基本的には、利益の為に他の種族を貶めたり、滅亡させることへの壁は存在していない。思考や理性によって思いやりや理解し合うことによって自ら生み出す事が抑止力になる。

地球にある全ての生命体は、進化変容の過程の中に存在している。

ホモサピエンス(人類)現存しているのは1種類のみ。


そして現在も種としてのDNA解析によれば自然淘汰は継続している。

あらゆる地球上で生存可能であり、またテクノロジーを活用することによって生態系環境そのものを創ったり変える力も持つ。

生物多様性の父、エドワード・オズボーン・ウィルソンは昆虫の研究者。

彼は人類から見た視点において

「eusocialily(真社会性)」

を有した種がこの地球上にあると定義しました。

「人間から見た」という事は、相対性に考えたとき

人間が人間社会に対して捉えている「Sociality」は不完全である。

とも言えます。

有名な発言として

「カールマルクスは正しかった。ただし彼は種について間違えただけである」


としています。

真社会性が実現したのはたまたまの偶然であるのか?それとも必然であったのか?

その一つ大きな要因として、他の生態系との関係性が挙げられます。

蜂や蟻に限らず昆虫達は、草木や土などの「生命体」と共生しあって自然界は営みを実現しています。

彼らにとって

「自然」こそが「真自然性」であり、無意識に見える当前の生命と環境の循環が実現

しています。

地球人類は思考とその技術によって自然界を利用する事で民族国家や社会を形成し、今日80億人を超える生命体が生活している現実があります。

因果応報

それがどのようなこれからの未来環境、生態系循環を織り成していくのか?

隕石の衝突や未知の粒子
プレートニクス
気候変動
未知のウィルス・・・・

どんな要因が突然の様に影響するのかは誰にも予想できないでしょう。

私たちはそんな不確実性の中を偶然を必然として生きています。

ある意味、草木や昆虫たちと私たちの命に優劣など存在しないくらい自然なものです。

生命の設計図の転写と再現性。

DNAによって生命は生存する事で得た適応能力を子孫へと伝えていきます。

RNAから始まったとされるDNAによる生命の誕生への進化。

我々全ての生命に共通している遺伝子情報が記された設計図。

我々が人類社会は恐らく、思考することもまた本能的に生きることであり、それが未来の生存しているのか、滅亡しているのか、その結果においてどんな因果であったかは

事実からの『結果論』

でしか語れず、様々な偶然の産物として存在している可能性が高いと感じる。

西暦2025年1月。

地球人類社会においては、様々な社会変容の機運が流れている様に感じるが、

それも未来に起こりうる天変地異や、そもそも人類が目的とする何かを実現するのかは未知数だ。

セレンディピティは、きっとこの瞬間も人類社会においても、或いは生態系においてもいつも周期的に、静かにどこかで起こっているのであろう。

私の生命はあと何十回か、太陽の周りを地球が回るまでには必ず死を迎える。
砂時計はそこに向かってほぼ一定の地球での現実と私たちの世界を共有している。

それすらも正解か不正解かは我々人類には誰にも分からない。

宇宙の始まりより先からやってきた存在、或いはその先へ行った存在以外、

誰にも分からないのだから。


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宙唄(そらうた)Author Sorauta
私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。