「私のこだわり旅」というテーマと「私」
率直にまず「旅」は好きだし「人生」そのものが「旅」であろうと私は捉えている。
『マルチライティング宙唄(そらうた)』
というこのライティングを、「宮古島」で始めた事も「人生という旅」のプロセス」と捉えている。
「地球」という環境で「自己」という「生命」を与えられている。
どんな旅の結末にあるのか?
47歳の私にはまだ見えてはいない。
だから私の「旅」の「こだわり」は「未来を決めない」事。
数日前に「スペースX」が「ロケットの分離キャッチ」に成功した。
10年もすれば、宇宙旅行や、地球の裏側への旅は私たちに身近なものになるだろう。
60代まで仮に生きていたとすれば、「飛行機」や「電車」「自動車」の旅に「ロケット」や「スペースシップ」
が加わっている。
私の記事を読んで貰えばわかる事だが、
私の意識は既に「人工物」から「地球生命の営み」へと変化している。
日が昇り日が沈む、鳥や虫の音や気配を感じる。植物や風、雲。匂い。
五感で感じられる場所に行くこと、そしてそこで生きる存在の想いと対話、共感すること。
生態系は生きているが、「投票権」も「銀行口座」もないので、人類に住まいを奪われ、食べ物を取られ、搾取され続けている。
それでも何も言わずに、我々にただ、必要な生態系循環、生命エネルギーと愛を与え続けている。
タイムリープやワームホールが解明され、反物質生成が容易になったとき、
我々はついに「時空旅」つまり「タイムマシーン」に乗るのだろうか?
その時でも、私は「地球生態系」の「生命旅」に今世は「こだわろう」と思う。
時空を越える旅は、SF的な漫画アニメ的な「我々の夢」ではあるが、
「死」があるから「生」を喜べる。「死生」があるから、我々は肉や魚、野菜、穀物あらゆるものを「食事」する。
旅先の様々な「特産品」を楽しめる。
輪廻転生が本当に存在するのかも「死」があってこそ。
「私のこだわり旅」は、「生物達との地球旅」である。
今日もまた、蝶々達が宮古島の森を舞い、鳥達が囀っている。