共に見届ける30年越しの夢…いざ甲子園へ!
高く打ち上げられた白球が、2塁手のグラブにすっぽりと収まった。
次の瞬間、どれだけの人が歓喜し、叫び、両手を突き上げ、涙したことだろう。
今年も始まった、夏の甲子園大会。地方予選を勝ち抜いた49校の中に、息子の母校がいる。
夢にまで見た甲子園へと続く地方予選。7月末に開催された県大会の決勝戦は、高校野球史上に残る名勝負のひとつになった。
どちらも譲らず延長戦へ。ファインプレーにつぐファインプレーで、再三ピンチをしのぎ続け、とうとうタイブレーク。
こちらが点を入れれば相手も点を取るシーソーゲームも、ついに延長14回裏、あとひとり。
「どうか、頑張って……」
祈る気持ちで見守る人たちの耳に、次の瞬間、金属バットの打球音が響いた。選手たちと一緒になって追いかけた白球は、がっちりとグラブに収まり、つかんだセカンドの雄叫びが、3時間の激闘の終わりを告げた。
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県内では「公立の雄」と謳われる、言わずと知れた強豪校。18年前の春の選抜大会には甲子園に出場し、ベスト4という成績を残した。
その後も、毎年、甲子園出場を期待される学校の一角にいながら、期待通りの結果を残せずにいた。
9度跳ね返されたベスト4の壁。「悲願」という言葉が、これほど似合う挑戦はない。それがこの夏、ようやく壁を打ち破り決勝戦に進出。そしてついに、夏の甲子園大会へ初出場を決めたのだ。
実はこの野球部の監督は、息子の3年生の担任だった。
「友達をつくらない、掃除にも参加しない、話をしようとすると殻にこもる。授業の妨害をしたりするわけではないので、教室にいても別に害ははいんですけどね。」
入学後、初めての夏休みを前に開かれた当時の担任との懇談から、苦悩の高校生活は始まった。
学校側の配慮もあり、2年生では少し落ち着きを取り戻したものの、模試を白紙で提出するなど、いろいろと気にかかる高校生活であったことに、変わりはなかった。
どうにか3年生に進級し、新学期が始まった日、新しい担任が進学校から異動で来られた先生だとわかった。
「そんな学校で教鞭をとっていた先生で、息子は大丈夫なんだろうか」
しかし、そんな心配も不安も、まったくもってムダだったとすぐにわかった。
日を追うごとに、息子の口から先生の話が出るようになったのだ。
高校卒業後、一度は民間企業へ就職されたこと。でも、高校野球の指導者の夢を叶えたいと、仕事をしながら勉強を続けられたこと。そして、努力を重ねて教員になられたこと。
そんな先生の経歴も、何か息子の心に響いたのかもしれない。彼の中に、先生への安心と信頼が生まれはじめていた。
保護者である私にも、ことあるごとに息子の様子を伝えてくださったり、丁寧に、温かく接していただいたことがありがたかった。
ようやく進路を決め、入試に面接試験があるとわかったときには、放課後、毎日のように面接練習に付き合ってくださった(野球部の練習は大丈夫だったんだろうか)。
おかげで、無事に志望校に合格することができた。
卒業式の日、教室前の廊下で挨拶をすると、他の生徒たちが待っているのではと、こちらが心配になるほどの長時間、別れを惜しんでくださった。
「野球部のご指導、いろいろとプレッシャーではないですか?」と余計な心配をする私に、「大丈夫ですよ」と満面の笑みを見せてくださったのが、今となっては本当に懐かしい。
卒業後も時折、様子をうかがう電話を息子にくださっていたようで、温かく寄り添い続けてくださる姿に、ただただ感謝の思いでいっぱいだった。
たった1年間という短い時間だったけれど、私たち親子にとって、とてもとても温かく、忘れられない先生との日々だった。
卒業式から8年。先生との「再会」は、甲子園出場を成し遂げた優勝監督インタビューを受けられている画面越し。
先生自身が、この高校の野球部で成し遂げられなかった甲子園出場。
30数年たって、指導者としてかなえられたことも感無量だ。
30年越しの夢の先を、共に見届けたいと思う。
18年前の春の選抜では、在校生たちの応援が優秀賞を受賞した。
その「応援団」の取材を通じて、地元の人々が歓喜しながら応援し、近隣の学校のブラスバンド部が、春休み返上で演奏に駆け付けていたことを私も知った。
「地域の人たちに、感謝の気持ちがいっぱい」
キラキラと輝く笑顔で話をしてくれた、当時の生徒会長たちの様子に、甲子園は野球部だけでなく、在校生たちみんなにも、たくさんの気づきと学びを与えてくれる場なのだと実感したものだった。
今年も、新型コロナウイルス感染の影響が懸念される大会だが、出場選手たちみんなが、甲子園球場で野球ができる喜びに浸れることを、心から願いたい。
そして応援する在校生たちにも、新たな地域との絆が育まれることを期待したい。
わが代表校の活躍に、仕事が手につかない時間が、少しでも長くなることを祈りながら。
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8月14日、第104回全国高校野球選手権大会第9日、残念ながら2回戦で惜敗を喫し姿を消した。
しかし、1回戦では大勝を果たし、創部74年目で初めて出場した夏の甲子園に刻んだ初勝利の足跡は、後輩たちが追いかける大きな目標になった。
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