その読書は、記録と記憶と感情をたどる「旅」だった
引っ越しの荷造りのため、段ボールに収めようとアルバムに手を伸ばす。
ちょっと休憩をするのに、ぴったりの代物だ。
一息つこうと表紙をめくったが最後、懐かしい写真に見入ってしまい、作業が進まなくなってしまった。
だれしも、一度や二度、そんな経験があるだろう。
そんな「あるある」を引っ越しではなく、実は「読書」で味わった。
その書籍を購入したのは、春4月のこと。
ようやっと読了にたどり着いた頃、季節はすでに秋も深まった10月終わりになっていた。
その書籍のタイトルは
「大谷翔平を追いかけて~番記者10年魂のノート」。
大谷選手のプロ野球界デビューにはじまり、MLBへの渡米からロサンゼルス・エンゼルスでの6年間、そして今春、世間が心躍らせたロサンゼルス・ドジャース入団まで。
足掛け11年におよぶ活躍の軌跡を、スポーツ新聞社の担当記者さんが、自身の取材記録をもとにまとめあげたもの。
大谷選手の試合はもちろん、練習での様子や移動中のこぼれ話、囲み取材などで拾い上げた声や情報を、時系列の記録として記されている。
480ページ、厚みにしておよそ3センチ。確かにボリュームがあるのだが、それにしても時間がかかりすぎた。
というのも、活字を追いかけていると「この時のホームランは、バックスクリーンだったかな」「この日のピッチングはドキドキしたよね」と、そこに記されたゲームの記憶が、浮かびあがってくる。
例えば、2021年7月2日。
「捕手に吹き飛ばされ、ヘルメットが脱げながら、大の字にグラウンドに倒れて会心の笑みで両腕を天へ突き上げた。」 ー本文より一部抜粋ー
そうそう。あった、あった。そのシーンは憶えてる。
チームメートが駆け寄って、抱え上げてくれたんだ。あの二人の選手は、誰だったかな。
こんな調子でYouTubeを追いかけたり、画像フォルダをあさったりするのだから、ページが進むはずがないのだ。
わずか11年の振り返りを「半生」と呼ぶにはあまりに短かすぎるが、どこでも拾える数字データや、新聞紙上で追いかけてしまえるような内容にとどまらない丁寧な日々の記録や裏話は、「半生」と呼ぶにふさわしいくらい、たくさんの情報や読みどころが詰まった一冊だ。
一行一行に懐かしいシーンが思い起こされ、そこに記された記録を追うことは、大谷選手を応援してきた自分自身の記憶と、感情をたどる旅でもあった。
それはまさに、思い出の議事録とでも呼ぶべきか。
来たるシーズンも、ホームランを一本打つたびに、マウンドで三振を一つ取るたびに、新しい記録を塗り替えるたびに、過去のゲームの記録が取り沙汰されるんだろう。
そしてそのたび私は、「議事録」を引っ張り出して記録と記憶と感情を、確かめてしまうんだ、きっと。
「こんな幸せな仕事があるだろうか」
あとがきの最後に記された、番記者さんの言葉。
あの大谷選手を、仕事として堂々と追いかけることができるのだ。幸せでないはずがない。
ちなみに、著者の番記者さんは兵庫県出身の元銀行マン。
野球好き、スポーツ好きが高じて銀行を退職し、スポーツ新聞社へ転職。そこで「大谷番」となり、以来ずーーーっと担当記者として日米をまたにかけ、彼を追いかけている。
番記者さんは大谷選手を追いかけているけれど、私は、大谷選手を追いかける柳原記者を追いかけて、取材がしてみたい。
そんなチャンス、来ないかな。 (終)
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