見出し画像

高校2年、ラムゼイハント症候群になる

2年前、ジャスティン・ビーバーが、
ラムゼイハント症候群の罹患を告白しました。
最近だと、葉加瀬太郎も。
そしてわたしは、高校2年の9月2日、この病気になりました。

朝、いつものように起き、
いつものようにお風呂へ。(朝風呂派です)
すると、歯を磨いた時に、水が口に含めないことに気づきました。
でも、変な寝方をして顔がしびれてんのかな?くらいに思っていて、
そのまま入浴を済ませ、いつものように出てきました。
で、朝ごはんの支度をする母に「右顔が変なんだ」と。
すると母は、わたしの顔を見るなり学校へ電話。
お休み連絡をすると共に、脳神経外科病院へ連絡。
すぐに、タクシーで向かうことになりました。

病院へ行くと、即入院だと言われました。
そして、MRI検査。
当時、まだ珍しかったんですよ、MRI。
わたしを不安にさせまいと、
「最新だねー。すごいねー」とあえて軽口の母。
後に聞くと、その時は、もう一生治らないだろうと、
今後どう生きていくか、わたしを励ましていくか、
その決心を固めていたのだそう。
結果、外傷性ではなく、
脳梗塞とも関係のない顔面神経麻痺との診断を受けました。

症状がおさまり、退院したのは1か月後。
10月になっていて、少し肌寒く、
入院の時は暑かったのに……と驚いたのを、今も覚えています。

入院中はね、何もしていません。
栄養系の点滴はずっとしていたけれど。
でもまあ、原因が不明なので、何もできなかったのかもしれません。
あと当時は、ラムゼイハント症候群だとも分かってなかったんですよね。
まだ認知の低い病気だったので、仕方なかったと思います。
ではなぜ、後になり、ラムゼイハント症候群だと分かったのか。
それは、ラムゼイハント症候群に見られる、
特徴的な耳の激痛と、味覚障害があったから。
麻痺が起こる前日の夕食は、焼き秋刀魚でした。
母が「もう出てたんだよー。秋だねー」と。
とても美味しそうな香りを漂わせていて、美味しそーと、パクリ。
でもね、味が薄いのです。
「どういうこと?」と食べ進めるうちに、
右半分の舌に味覚がないことに気づきました。
左半分の舌だと、ちゃんとわかる。
「なんだろう?やけどでもしたっけ?」と母に言いつつ、
でもまあ、分かるし。そのうち治るでしょーと食べ終えました。
そして夜。
眠ろうとした時、右耳後ろに激痛が走りました。
皮膚のもっと下に、刺すような痛み。
鎮痛剤も効かず、眠れず。
ふと、押さえると少し痛みが和らぐことに気づき、
その夜はわたしが寝つくまで、
母がずっと右耳後ろを押さえ続けてくれました。
そして、この症状こそが、ラムゼイハント症候群であると、
40代後半になって知ることになるのです。
また、その原因が顔面の神経に発症した帯状疱疹である、ということも。

実はね、今も少しだけ症状は残っています。
口を膨らませると右目が勝手に閉じてしまいます。
ゴム風船を膨らますことができません。
ストローは使えるようになったけれど、
吸い込む時に、目にひきつる感覚があります。
そして、たまーに、右耳後ろに痛みを感じます。
高校2年時のあの痛みを、少し軽くした感じ。
それは決まって、体が無理をしている時。
休憩しなくちゃと、自分を戒めるきっかけになっています。

いいなと思ったら応援しよう!