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相合い傘っていいかも?


「相合い傘だ!」
 三波由香里は勢いよく立ち上がった。騒々しかった昼休みの教室がシンと静まり返る。
「ね、ねぇ、お願いだから急に大声出すのは辞めようよ……」
 一緒に弁当を食べていた奥田まりこは肩を丸めた。周囲の視線が痛い。
「相合い傘だよ、まりちゃんさん。相合い傘なんだ!」
「あ、あいあいがさ? えっと、それがどうかしたの?」
 まりこは困惑して首を傾げる。由香里はサッと細長い人差し指を窓の外に向けた。曇り空のグラウンドは暗い。風に流される小粒の雨が、コツコツとガラスにぶつかっては弾けた。
「五月といえば雨、雨といえば傘、傘といえば相合い傘でしょ?」
 由香里はパチリとウィンクした。揺れる長いまつ毛。透き通る声。さらりと流れる髪。クラスの男子たちは一斉に鞄の中の折り畳み傘を確認した。まりこは一層困惑する。
「うーん……ちょっと、よく分からないかな?」
「やってみれば分かるよ! おーい、三島、傘持ってる?」
 由香里は熱心に本を読む三島達也に声をかける。まりこはギャッと飛び上がった。そのまま由香里に抱きつくと、よく動く赤い唇を両手で塞いだ。何事かと顔を上げる達也。だが、彼は慌てて本に視線を戻した。クラスの男子たちが恨めしそうに彼を睨みつけていたからだ。
「な、ななな、何で三島くんなの!」
 まりこは小声で由香里を怒鳴りつけた。
「だって、まりちゃんさんと三島、全然進展ないんだもん」
「し、してるよ! 進展してるから変な気を回さないで!」
「嘘だぁ、だってバレンタインチョコ渡して、お返しも貰ったのに、まりちゃんさん、まだアイツとヤってもないんでしょ?」
「ぎゃあ! ぶぶぶ、ぶっ飛び過ぎだよ! 何言ってんのホント!」
 まりこは背の高い由香里の肩をポカポカと叩く。由香里は楽しそうにころころと笑った。
 
 雨は日暮れと共に強まっていった。放課後の校庭には幾つもの水溜りが出来ている。
 ホームルームを終えた奥田まりこは、あっと声を上げた。鞄に傘が入っていないのだ。もう一度よく確認するもやはり見当たらない。おずおずと隣に立つ三波由香里を見上げる。
「……ねぇ、由香里ちゃん、相合い傘しない?」
 おやっと口を開けた由香里は、栗色の瞳を明るく光らせた。
「おお、流石、まりちゃんさん! やろうやろう!」
「えへへ、その、実は傘忘れちゃって」
 まりこは少し照れ臭そうに頭を掻く。すると途端に由香里の瞳が曇った。
「……あらー、実はアタシも持ってないんだよね」
「ええ?」
 二人は呆然と顔を見合わせた。もはや相合い傘どころでは無い。帰る手立てを考えなければならなくなった。二人の会話に聞き耳を立てていた男子たちはサッと傘を取り出す。
「奥田さ、あと美波さんも。俺、親の車で帰るから乗せてってあげようか?」
 三島達也は教室の真ん中で立ちすくむ二人に駆け寄ると、助け舟を出した。まりこの表情が、パアッと明るくなる。
「ホント? いいの?」
「うん、こんな雨だしね」
 男子たちの罵声が響き渡った。まりこはギロリと振り返る。途端に静まり返る教室。その中で由香里は、何かを考え込むように細い腰に手を当てていた。
「……三島さ、傘持ってる?」
「え? 持ってるけど?」
「おお、ナイス! 車で帰るんなら貸してよ!」
「え、ええ?」
 困惑する達也とまりこ。由香里は有無を言わせず達也から傘をもぎ取ると、嬉々として、まりこの手を取った。
「これで帰れるよ!」
「え、ええっと……」
「相合い傘、出来るよ!」
「……そうですね」
 まりこは、由香里の漲る活力に観念した。苦笑しながら二人に手を振る達也。まりこは何度も頭を下げながら、手を振り返した。
 
 折り畳み傘は狭い。二人で入ると肩が濡れた。
 まりこは傘を持つ由香里をそっと見上げる。吹き込む小雨。五月の雨は冷たかった。
「……ねぇ、まりちゃんさん、風邪引いちゃうよ?」
 由香里は遠慮がちに身を引くまりこの肩を抱き寄せる。まりこは狭い傘の中で触れ合う身体にドキリとした。
 雨に遮断された二人の空間。肌に伝わる温もり。微かな息遣い。触れ合う髪。
 こ、これは良いかもしれない……!
 まりこは、達也との相合い傘を想像しながら、由香里の肩に頭を乗せた。由香里も妖艶な笑みを浮かべて、まりこに頬を擦り付ける。
 そのままバランスを崩した二人は、勢いよく水溜りに飛び込んだ。
 

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