田舎暮らし小説家(仮)

読書家のなれ果てが小説家を目指しております! 「2分で読める超短編小説」100日連続執筆挑戦中!

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最近の記事

ロマ 〜幻想の檻〜

 暖かな春の風に揺れて落ちる林檎の実。狼の群れが草原を走ると、花の蜜を運ぶ蜂が、一斉に空へと飛び上がる。  青と赤の幻想。冬と夏の狭間。ゆっくりと目を開けた魔女ライラは、視界に映る全てに違和感を覚えた。 「幻想かな」  影の従者が細い髭を地面に揺らす。影の言葉に、慌てて走り出す四つん這いの魔女。異様に小さな自分の体を躍動させて、巨大な狼の間をすり抜ける。柔らかな手足の毛並み。肉球に感じる草原の青葉の冷たさ。  湖の辿り着いたライラは、陽光を反射させる青い水面を覗き込んだ。頭の

    • 本好きの探しもの

       苺のショートケーキをテーブルに並べた瑞香は、クッキングヒーターからコーヒーポットを取り上げた。乾いたリビングに広がる香ばしい匂い。マグカップに注がれるコーヒーの白い湯気。  午後の陽に照らされた明るい廊下を抜けて、階段下から書斎を見上げた瑞香は、夫の名前を呼んだ。だが、仕事に集中しているのか、本を読んでいるのか、二階からの返事はない。  もうっと腰に手を当てる瑞香。階段を上がると、書斎の扉をそっと叩く。 「ケーキ、食べませんか?」  無音。心配になった瑞香は、扉を押して中を

      • 見えない星に祈って

         黒い雲に覆われた夜。図書館の窓から漏れる明かり。  公園のベンチで夜空を見つめていた藤田美咲は、雲の向こうで瞬く、見えない月と星に手を伸ばした。細い指先に吹く風を掴むように、微かに動く空の水に爪を立てる彼女。 「勉強はもういいの?」  図書館から響く足音。小森陽香の長い髪が夜風に揺れる。 「休憩中」 「そっか、じゃあ、私も」  美咲の隣に腰掛ける陽香。ひんやりと滑らかな木のベンチに手を置くと、水筒の蓋をとって冷たいお茶を汲んだ。喉を潤した陽香は、美咲に水筒を渡す。 「ありが

        • 誰かの温もりを探して

           遠くに聞こえる夜祭りの声。夜道に笑う浴衣の男女。  宮田杏菜は暗い公園のベンチに腰掛けた。一人暮らしの寂寥感。時間だけが失われていく焦燥の中で繰り返される変わらない毎日。  杏菜は寂しかった。仕事帰りに歩いた祭りの喧騒。数年ぶりの屋台の灯り。誰とも交わらない視線を動かしながら、必死に求めた懐かしさ。  暗い日常を変えてくれる何かを夜祭りに探した杏菜は、ただ、自分は寂しかったのだという事に気付かされた。  孤独な心を癒してくれる誰か。乾いていく手を強く握ってくれる誰か。日向の

          天使の苦痛

           吉沢由里の右ストレートが太田翔吾の頬を貫いた。  机を薙ぎ倒す翔吾の体。声を失うクラスメイト。巻き添えを食らって倒れるショートボブの天使。 「テメェに言われる筋合いはねーよ!」  ロングのダークブロンド。鋭く怒鳴った由里は細長い中指を立てると、サッと教室を出る。ざわめく教室。体を起こして廊下を睨む翔吾。その下でもがく、存在を認知され難い天使。 「あ、大丈夫?」  やっと田中愛の存在に気が付いた女生徒の一人が腕を伸ばす。その手を掴んだ天使は、善行に対する報いを約束するかのよう

          ロマ 〜神の啓示〜

           戦争に次ぐ戦争。  平和と領土を求める者たちにより破壊された平和と領土。  荒廃した世界で蹲る生物たち。  ……世界……創造……平和……。  赤い砂風の吹く荒野の片隅で、一人の男が、光の神の声を聞いた。破れたボロ布。痩せこけた手足。割れた爪を隠すように両手を合わせた男は天を見上げる。 「おお、神よ」  男は溢れる涙を枯れた大地に落とした。すると、赤土から青い新芽が顔を出す。驚愕にへたり込む男。その周囲に咲き乱れる花々。  ……世界……創造……平和……。  ゆっくりと

          ロマ 〜神の啓示〜

          変わらない世界を記憶に求めて

           小学校の同窓会を抜け出した岸部久美は、暗い夜空を見上げた。  街灯の光。高校へと続く道の記憶。かつての通学路で、彼女は瞼の奥に夢を見る。  冷たい朝の青さ。夕暮れの雲のオレンジ。明るい歩道に響く、誰かの声と自分の声。友達の背中に揺れる艶やかな黒い髪。背の高いクラスメイトの笑顔に飛び跳ねる心の音。  確かにあったはずの過去が、夢の中の幻想のように鮮やかで儚い。過ぎ去った時間に変わった色。失われた過去を思い出す陰鬱な現実。  薄い街灯の光を追うように、暗い坂道を歩いた久美の瞳に

          変わらない世界を記憶に求めて

          天使の翼と悪魔の角

           雲の上の天国で、自分の翼を踏んだ天使が地上に落ちた。  大地を這う生物を潰した天使に掛かる血飛沫。黒い血に染まった天使は、飛べない翼を折り曲げると、当ての無い地上を彷徨い始める。  地の底の地獄で、自分の角を折った悪魔が地上に這い上った。  空を飛ぶ生物を見上げる悪魔に落ちる羽。純白の羽を纏った悪魔は、折れた角を腰に携えると、当ての無い地上を彷徨い始める。  赤い天使は苦痛に呻いた。血で固まった長い髪は雑木の荊棘のように捻れ、翼から飛び出た骨が悪魔のように揺れ動く。空腹で

          天使の翼と悪魔の角

          海に飛べ

             砂浜に打ち寄せる波の音。陽射しに煌めく海岸線。  青いラベルに浮かぶ水滴を撫でるように、一之瀬純夏は冷たいアクエリアスの表面を頬に当てた。白い雲を背景に何処までも広がる海。陽光の跳ねる乾いた砂が、彼女の白い足を焦がす。 「あ、来たんだ」 「お前が来いって言ったんだろ」  海岸線を見下ろす道の上。制服姿の久野湊人は、海の向こうの入道雲に目を細めた。額に当てた手の影。潮風に揺れる白いシャツを見上げて微笑んだ純夏は、ペットボトルを投げて渡す。 「そうでした」  何処か寂しげな

          天使の呻き

           天使は人の命を奪えない。  放課後の校舎裏。壁の隅に蹲る浜田圭太。その周囲で笑い声を上げる男子生徒たち。その後ろに佇むショートボブの天使。  圭太は呻いた。喉を焦がす赤い血が鼻から溢れる。無数の不快な声が鼓膜を叩く。グッと体を丸めて地面に蹲ったまま、彼は、自分に降り掛かる厄災が過ぎるのを待った。 「浜田クーン、大袈裟過ぎぃ」 「頑張れ頑張れ、は、ま、だ!」 「ほら、早く立てよ」  背の高い男子生徒のローファーが圭太の脇腹に突き刺さる。うっと息を吐く圭太。それでも彼には、嵐が

          星の川を走る

           月明かりの空を見上げた進藤美雪は、星の川を探した。  早過ぎる朝と夜の境界。暗い街の冷気。昨日と明日の狭間に眠る夢の中の喧騒。静寂の空に灯る無数の光に手を伸ばした美雪は、細い指を大きく広げた。  簡単に渡れそうだ。  夜空の端から端に伸びる指先。瞳に映る川の光。何処からか聞こえてくる口笛のような鳥の鳴き声が、天の川を掴んで離さない彼女を地上に引き戻した。  星空を見上げたまま、美雪は玄関の笹飾りに祈った言葉を呟く。  叶いそうで叶わない想い。叶っても気付けない願い。人に溢れ

          ロマ 〜七十億の嘆き〜

           大地を耕す老人。愛に飢え続ける若者。病気の我が子の幸福を願う母。  動かない手足に、老いゆく身体に、不治の病に嘆く人の願い。永遠の命を求める人々の乾いた指が重なり合う。瞑った瞳に溢れる涙。擦り合わせた祈りの先の、悲嘆と哀願の吐息を包む、眩い光の微笑み。  奈落の底を幻想の海に変える天の光。決して免れないはずの最期の扉は、固く閉じられた。  歓喜の叫びが世界に響く。地獄への恐怖を除かれた若者が愛す人々の笑顔。天に涙した母と子は、前を向いて歩き始める。鍬を握る手に力を込める老人

          ロマ 〜七十億の嘆き〜

          天の川を渡りたい

           放課後の教室。栗山紗綾香は青い短冊に刻んだ鉛筆の文字に赤面した。昨年と同じ言葉。隣のクラスの九條誠也に向けた想い。  願うだけでは叶わないと、頭の中で何度も繰り返されるフレーズに目を回した紗綾香は、短冊を大学ノートに封印した。七夕の夜に解放される青い紙。何処かの笹飾りの、沢山の願いの奥に埋もれるであろう言葉。  どうせなら雨が降ればいいのに。  紗綾香は自嘲気味に頷いた。彼女の耳に遠く聞こえる声。部活に向かう生徒の喧騒。そっと廊下に視線を送る紗綾香。隣の教室を出た誠也と、う

          天の川を渡りたい

          ヒグラシの叫び

           紅色の日の出に染まる山。ヒグラシの細い声が青葉を抜けて朝露を震わせる。  静かな朝のグラウンドで、アディダスの青いスパイクに履き替えた今井祐也は、固い地面を蹴った。校庭を見下ろす山から伸びる影。涼しい風に靡く国旗。  青と白のボールを青空に蹴り上げる祐也。影の向こうの日向に跳ねるボールを左足で受け止めた彼は、日陰に視線を送った。跳躍する足が大地を踏みしめると、スパイクが乾いた空を切る。影に佇むゴールネットに突き刺さるボール。  日の出とともに始まった朝練。走り続けた祐也は、

          夕立に隠れる

           夏の道に跳ねる大粒の雨。夕立の匂い。  公園のベンチに座った古瀬怜奈は、青い柄のハンカチで濡れた髪を抑えた。降り頻る雨の向こう側。傘を差したクラスメイト。雨の中を走る西野純平の横顔を遠くに見つめる怜奈。  夕立の壁に囲まれた空間。水の弾ける振動が怜奈の呼吸音を呑み込む。雨の中の静寂。音のない世界。公園の向こうを走り去るクラスメイトの姿が、抑揚のないモノトーンの景色の一部となる。  雲間に見える暗い青。主役も観客もいない舞台袖で、予定のない劇を待つ人形のように、怜奈はジット俯

          ロマ 〜永遠の春〜

           雨を嫌う花の精霊。一雫の蜜に心打たれる光の精霊。  花と光の恋が、天と地上を直線に結ぶ光の道を築き上げた。永遠に途切れない光の笑い声。陽に揺れる花の微笑み。終わらぬ春の陽気にまどろむ生物たち。  降り続ける無限の光に雨雲が離れていく。一定の春の光に眠り続ける夏。訪れない雨に激怒した水の精霊たち。やがて起こる戦いに勝敗の目処は付かない。  森の木々の騒めき。風の精霊の噂話。  黒い帽子に黒いローブ。果ての魔女ロマはハーブティーのカップを揺らした。夏に囁きかける魔女。永遠の春

          ロマ 〜永遠の春〜