【5月号】スノードーム 3話:追憶
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親睦会は部活の一環だけれど、校外での活動だから私服でいいことになっている。
「なに着てこうかな、ルイくんはの私服はどんなかな、モノトーンってイメージかも!なんて!」
学校以外でルイくんと会うのは初めて。毎朝毎晩、考えて妄想してはドキドキして、にやけて、バタバタしてしまう。
この上なく楽しみなことがあると、なんだって頑張れてしまうものだ。親睦会の後はテスト前期間に入り、部活は停止されてしまう。楽しみが過ぎた後のことはできるだけ考えたくないけど、初めてのテストだし、文武両道ってよく言われるし、とりあえず授業の復習を始めてみた。何より今は親睦会の事を考えれば盲目に勉強も捗る。
当日私は、お気に入りのさくらんぼ柄のワンピースに、ハートのペンダント、ワンピの丈は短めなのでニーハイソックスで足元カバー。アクセサリーも思い切って。というスタイルで決めた。ほんのちょっと派手目だけど私らしいし、これでいいよね、みんなフォーマルで来たりとかしないよね?
集合してまず最初に、セイナ先輩が今日のコーデを褒めてくれた。
「ユリ、気合入ってるね〜、もう半袖、寒くないの?」
「ありがとうございますっ!お気に入りなんですこれ〜」
セイナ先輩は地味でもないのにどこの大学生かと思うほど大人っぽく、美術館にふさわしい落ち着いたコーデだった。
そういえば美術館に行くんだったんだ、別の目的にとらわれすぎて、全然考えていなかった。
そして肝心のルイくんは。
まだ見当たらない、マジメそうに見えて、意外と時間にルーズなのかな。「寝坊した〜」って走ってくるところ、ちょっと見てみたいかも。
集合の時間。同期のユナは、用事があって欠席すると前から言ってたけど、それを除けばルイくん以外はみんなそろっている。
「ルイ、来ないね」
「どーしたか珍しいな」
「ルイに限って遅刻はないでしょ」
先輩たちがあれこれ言う。その話を横で聞いていて思う。ルイくん、やっぱりマジメな人なんだなぁ。それ故に私は、どんどん心配になる。急に体調崩したのかな、事故にでも遭ってたらどうしよう。
「部長、ルイからLINEとか来てないの?」
セイナ先輩がスマホをチェックする。
「あ……」
セイナ先輩に視線が集まる。
「『申し訳ないけど今日のはパスする』って」
パスするって……来ないってこと!?私はこんなに楽しみに生きてたのに、ルイくんと話せるチャンスだと思ってたのに、仲良くなってLINEもらおうと思ってたのに、全部ナシ……!?絶望に襲われた。完成間近のドミノを途中で倒しちゃったような、そんな気分。でも何か事情があって来れなくなっただろうルイくんも、同じくらい可哀そう。
「なんだ、じゃあもう行くか」
足並みは先輩たちに任せてついて行く。美術館へ行くと言うのは建前らしく、親睦がメインのようだ。ほとんどの先輩が話しかけてくれて、少しずつ顔と名前が一致していく。ルイくんも来ていたら、話しかけてくれたんだろうか。いつも妄想はしてるけどリアルな想像は結構難しい。
セイナ先輩が近くを通った時、聞いてみた。
「ルイくん、どうして来なかったんですか?」
「うーん、なんでなんだろうね」
「体調崩したとかじゃないといいですけどね……」
「あー、それは大丈夫だと思うよ。直前まで、ウジウジ迷ってたからね」
迷って……!?ってことは意図的に来なかったんだ。
「元気なら何よりです、私まだルイくんとお話できてなかったので、ちょっと残念ですけど」
「そのために企画したのに、ルイったらねぇ……」
ため息まじりにも、セイナ先輩は呆れ笑っていた。ルイくんのことなんでも知っていそうなその言葉が、ちょっと羨ましかった。
でも、なぜルイくんが来なかったのか、私には分からないまま。でもなんだかその謎がむしろ魅力的で、まるで謎めいた昔の美術品を観ているようだった。
♢♢
夜10時。「今日の写真」集合写真など何枚かをルイに送りつけた。
新入生のためになにができるかなって必死に考えて、部長の権を使って、親睦会を開けたのに。肝心なメンバーであるルイが揃わなかったことが、悔しくて。新入生だけじゃない、部員として、幼馴染みとしてのルイを助けたかった。私は部長だから、できることがある、と思ったのに。
でもなぜだろう、どこかでルイは来ないって分かっていたような気さえしてくるのは。
「ルイ、本当は来たかったでしょ?」
「不参加は申し訳なかった。でもそうゆうのはどうしても行く気にならない」
「なんで……」
「セイナは分かってるだろ」
そう、私はルイがこんな根暗な人間になってしまったトラウマを一部終始知っている。知らない方が幸せだったのかもしれないけど、おそらくそのおかげでルイは私に、素の自分を見せてくれている。ただこのままじゃ、ルイは孤独の道を進み続ける一方だ。でもそんなの、私が耐えられない。
「でもそろそろさ、」
重くなりすぎないように、LINEは短文で区切る。
「ちゃんと人と関わろうよ」「昔みたいに陽気に」「わたし協力するのに」
「人とは深く関わりたくないんだ」
「昔の方が幸せそうだったよ」
「世間知らずだったからな」
「あのね、ユリが『ルイくんとお話しできなくて残念です』って言ってた!ルイは必要とされてる」
「そうは言われてもさ」
「あのさ、俺を気遣ってくれる気持ちはありがたいけど、いい加減しつこい。これが俺の生き方なんだよ」
え、なに……
ところどころ傲ったその言い方がなんだか気に入らなかった。私もさすがに穏やかではいられない。
「じゃあ逆になんで学校に来るの」「なんで美術部に来るの」「なんで生きてるの」「孤独になりたいなら引きこもってればいいのに」
その後の返信は来なかった。既読すらつかなかったからおそらく非表示に回されたんだ。
感情的になってしまった私は攻撃的な事を言ってしまった。セーブが効かなかったのはもちろん、相手がルイだからなんだけど。
でも、これで本当に明日からルイが登校しなくなったらどうしようという余計な心配も拭えず、ルイを救えない自分を恨んでいると、涙が耳に落ち、そのまま眠りにも落ちた。
心配は杞憂、何事もなかったかのようにルイは登校した。玄関口でユリに「おはようございます!」と声をかけられていて、ちょっと安心した。ただ今日からテスト前 期間が始まり、しばらくの間は部活がなくなる。様子は特に変わりないルイだが、明かに疎遠になってしまった。
「受験生だし、私も勉強しないとなぁ」
休み時間にも黙々とノートになにやらまとめているルイを遠くから眺めて、そう思ったのだった。
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