【7月号】スノードーム5話:悔恨
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今日から本格的にコンクールへの作品作りが始まる。顧問の先生が、応募要領の資料を配った。受賞なんて、倍率高いんだろうなぁ。
最後に先生がタブレットを部員に回して見せた。
「これが去年、佳作に選ばれた久保田くんの作品です」
ルイくんの絵……?
明るい色使い。差し込む光。何かを際立てるように描かれた小鳥。
その絵はあまりにルイくんの印象とはかけ離れていて、私には信じ難かった。その絵は、何を表しているのかよく分からない。でも明るくて希望に満ちていて、この絵の作者は澄み切った心で日常を謳歌しているんだろうなぁと思った。
でもその感想は今のルイくんの印象と、すっかり矛盾している。
結局、今年のコンクールでは誰も入賞しなかった。ルイくんの絵は、今年はイメージとなんら変わりない、ダークトーンのかっこいい絵を描いていた。
聞いた話では、ルイくんは1年生の頃、クラス委員長をやっていたそうで、でも当時はそれほど成績優秀でもなかったようだ。私の知っているルイくんとはかなり違う。
いったい何が、どうして違うのか。2歳も歳が離れた私には、知る術もない気がして少し寂しくなった。
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そんなルイくんと今同じ電車に乗っている。慣れない座席のシートは、公共の乗り物特有の匂いがする。
大好きだった憧れの人と約2年ぶりの再会。それだけでなんだかドキドキする。
高校生活初日から、話せて良かった。中学以来だとお互いに容姿も変わっていて、話しかけるだけでもけっこう緊張した。けれども会話ができたこと、それだけで、朝からなんだか楽しい気分だ。
勇気を出して良かった。
きっと私は高校でもルイくんのいる美術部に入る。また、ルイくんを追える。いつも何を考え何を感じているのか、さっぱり読み取れなかった。そのルイくんを包む謎もいつか解明できたらいいなと思った。
♢♢♢
あのときこうしていれば、もっと勇気ある行動ができていたら、もっと前向きでいられたら。もしあの一言を言えていれば……。
この日記はもっとクリアな思い出帳になっていたんだろうか。中3の頃の日記を読み返すと、人間関係の不器用さと、無知で鈍感な幼い自分に対して恥ずかしさが込み上げてくる。
それでも、角が汚れがちの日記帳を次々めくってしまうのは、一体何の意味があるんだろう。
この日記にいちばんよく出てくる名前は言うまでもなく、ルイ。そのほとんどは彼に対する心配事と謎だ。その頃に抱いていた彼への気持ちが、ユリのそれと同じような“恋”だったのかどうかは未だによく分からない。少なくとも、幼馴染みであるルイは私にとって、数年会っていなくても大切で大きな存在ではある。
今頃、どうしているんだろう。夢ではよく一緒にいるのに、実際には卒業式の日以来会っていない。ちゃんと高校生としてやっているのかなぁ。今では”心配“ではなく、ルイがどんな大人になっていくのか純粋に気になった。
固定電話の横に飾られた、美術部で作ったスノードームが窓から差す光を反射して白く光っていた。あの頃の行動が何かひとつ違えば、そのガラスに閉じ込めたものも違っていたかもしれない。
そのうちルイに連絡をとってみようかなと思った。
そうして今度は、中学2年生の頃の日記に遡った。
♢♢
『ルイの絵が賞をとった!おめでたい、ほんとにおめでたい!さすが次期部長!』
ルイは、ありとあらゆることに興味が向く無邪気な青年だった。受賞した絵も、何か実体のあるものをモデルに描くわけでもなく、脳内にあるものをそのまま表したような描き方がルイらしくて、見ている私がそれを誇らしく思った。また、先輩たちが引退した後に部長を引き継ぐのもルイだと誰もが期待していた。そしてもちろん私も、自分が部長になるとは微塵も考えていなかった。
そんなルイが、180度性格を変えてしまった事件がった。それは中2の秋、台風の予報が続く季節だった。
『ミコが』
その日の日記はそれしか書かれていない。後から書き足すこともできないほど、むしろ書いてはいけないような衝撃的な出来事だったからかもしれない。
ミコというクラスメイトの女の子がいた。クラスでいちばん背が低くて、細身でとにかく肌が白い。童顔で声が高くてゆっくり話す、天使みたいな子だった。学校を休みがちだった。勉強も運動も得意じゃない。でも、さぼっている訳ではなく、持病のせいで、学校に行きたくても行けないのだと聞いていた。
その子はルイの隣の席で、ルイはよく休んだ日のノートを見せてあげたり、もらったプリントの説明をしたり、彼女が体調が悪そうにして机に伏せる時にも気遣う言葉をかけていた。
ミコを見守るルイの目はいつになく優しく、心から慈しんでるようだった。ミコが隣にいる時は、生来の無邪気な気質を抑えているようにすら見えた。クラスでもルイの優しさは目立っていて、彼の評判は高まっていった。
しかしその事件の日、ミコは昼休み、クラスの女子に混ざって遊んでいた。あまり学校に来れないミコだけど、ちゃんと友達がいて良かったなぁと他人事ながら思っていた。
友達と戯れあって寝そべっていたミコは、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴ってもしばらく起き上がらなかった。クラスメイトたちは戯れ合いの続きだと思って気にせず、横になったミコを揺すっていた。でもミコは体をぴくりとも動かさず、目も固く閉じたまま。その場の空気は嫌な事態を察知したように凍りついていった。
「ミコ……?」
図書室から帰ってきたらしいルイが、ミコを見るなり駆け寄った。
「何やってるんだよ」
ルイは唖然とする傍観者たちを一瞥してから、ミコを背負おうとした。衝動的だったようだ。
そこで背負って保健室まで連れて行って、ミコが無事に救護されればルイはヒーローだったかもしれない。でも現実はそうは行かなかった。
ルイは、男子にしては体力がなかった。やっとの思いでミコを背負い、教室を出たがすぐにへたり混んでしまい、何度か負ぶい方を変え、終いには引きずってやっと保健室に連れていったそうだ。
私はその時、事態を先生に知らせに走っていた。ミコのことが心配だったのはもちろん、傍観者として見下されたくない。ルイが必死にミコを守ろうとしているのを一人にしておけないという気持ちがあった。
ミコは救急車で運ばれたが、その後どうなったのかは誰にも知らされず、ミコは再び学校に来ることはなかった。
しばらくしてから生徒に問われ、担任はミコは養護学校に転校したというような曖昧な話をした。
それでもルイは、ミコは死んでしまった、自分がもっと堅強であればこうはならなかったのだ、と自分を責め続けた。ミコがいた場所はいつまでも空席のままだった。それがルイにとって辛かったことだろう。
実際はルイの行動がどうであれ結果は同じだったかもしれない。でも、「自分が何か大きなものを変えてしまったんだ」という大げさな空想は、その時期なら誰でもあるだろう。ちょうど精神的に不安定な中学2年生という時期に、ルイは重いトラウマを作った。
それ以来ルイは、自分の殻にこもり、ひたすら勉強をするようになった。特に数学に溺れていれば、他のことを考えなくていいから好きだと言っていたのを覚えている。
そして、他人と深く関わることを拒むようになった。その「他人」に私が例外なのは、「幼馴染みであるから」だけでなく、「あのとき唯一傍観者じゃなかったから」であるような気がしている。
私次第では、沈みゆくルイを引き留めることもできたのかもしれない。でもそうできなかったのは、私も心のどこかで「ミコは死んでしまったのではないか、運んだのがルイじゃなければもしかしたら......」という嫌な憶測がつきまとっていたからだ。
あの時「ルイは悪くない」と言えていたらなぁ。
あの事件の前後で、ルイの人柄は似ても似つかない。
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