父と缶ビールの話
プシュッ
父は夜遅く帰宅すると、冷蔵庫から缶ビールを取り出して、ごくごく飲んでいた。
この音を聞くと幼かったころの記憶が蘇る。大きくて、いつも汚れた作業着を着ていて、口数が少なく寡黙だった父の顔が浮かぶ。
子供の頃、父のことが苦手だった。口数が少なく、大柄な姿が怖かった。
思春期になってからは殆ど会話を交わすこともなくなった。
大学生になると毎月仕送りだけが送られてきた。面と向かって「ありがとう」と言えずに卒業してしまった。
大学を卒業して父と同じ職に就いた。父に憧れていたわけではないと思う。でも自然と目指していたのかもしれない。
今では社会人3年目になった。だんだんと仕事を任せてもらえるようになり、毎日充実している。
去年の夏、ちょうど一年前くらいに父は急にこの世を去った。
プシュッ
仕事が終わると缶ビールを飲むようになっていた。
どこか恥ずかしくて、きちんと感謝を伝えることができなかった。
父にとって缶ビールは一日頑張った自分への一番のご褒美だったのだろう、と今では思う。
育ててくれてありがとう。あなたの子供で本当によかった。
そう言ったら父はなんて言うのかな。
そんなことを考えながら今日は缶ビールを飲んだ。
遠く離れていても一緒に乾杯しよう。
またいつか乾杯をしよう。