小説版 『名探偵は貰えない』 その1
名探偵は貰えない
ラスグレイブ探偵譚より 著作『チームレッドへリング』
―1―
スロウ雑貨店は、首都市にある小さな雑貨店。
日用品や文房具、ちょっとしたお菓子などを売っているほか、洋服の直しなども扱っている……まあ、町のなんでも屋さん、という感じのお店。
私、クラリティ・エヴァンズは現在、この店のカウンターの後ろに座り、店番中。
お客様はまあ、多くもなく、少なくもなく、といったところ。
今は午後の、丁度ヒマな時間帯に入っていたので、大好きなシリーズものの推理小説を呼んでいた所。
店のドアが開いて、誰かが来店した。
ドアにはベルが付いているので、開ければ音ですぐ解るようになっている。
「いらっしゃいませ……あ、警部補さん」
「おう、ちょっと邪魔するよ。名探偵の奴はいるか」
この人は、首都市警察のジョセフ・トスカナ警部補。
雑貨店の上の下宿で探偵業を営む、『名探偵』こと、イーサン・ラスグレイブさんの幼馴染でもある。
今日も何か、ラスグレイブさんに仕事の依頼かな? でも……
「いえ、ラスグレイブさんは朝からお出かけのようですよ」
「そうか。奴に探しものを頼んだんだが……何か聞いてないかい」
「いえ、何も」
……また助手の私に黙って、仕事を受けていたんでしょうか。
ラスグレイブさんはお金にはちょっとルーズな所があるので、よく下宿の家賃を払い忘れたりしている。
そういうところ、ちゃんとしないと、駄目だと思うんだけどなぁ。
「あっ……いや、お嬢ちゃん、悪い、この事は忘れてくれ。あー、しかし何だ、イーサン、朝っぱらから女の所にでも行ったのかな」
警部補さんは冗談めかして言ったけれど、私は……
「ち、違います、ラスグレイブさんに限って、そんなこと、ないです! ちゃんと、応接室に、『出かける。遅くなったら戸締りよろしく』って、私宛のメモがありましたから! 」
「冗談だよ。そもそも、奴に、そんな金はないだろう。っと、今、ちょっと急いでるんだ、また出直す、じゃあなお嬢ちゃん」
そういうと、警部補さんはあわただしく、店から出ていた。
「全くもう、警部補さんったら」
何だか、上手くはぐらかされた感じ。
……でも、忘れてくれ、何て言ったら、余計に気になると思いませんか?
本作の他、未発表タイトルを含む3作を纏めた公式同人誌『彼と彼女の探偵譚』を、夏コミC92にて発表予定です。
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