ピヨちゃん
柔らかい桃色の毛を生やした小さい丸い生き物。いちごミルクのような水玉模様の殻に入っている恥ずかしがり屋。手のひらに乗せると、トウモロコシの粒が2つ付いたような黄色いクチバシから「ピヨピヨ」と声を出す。名前はピヨちゃん。私のトモダチ。
ピヨちゃんは、私が産まれる前からいたのだろう。ピヨちゃんが、いつ私のトモダチになったのか知らない。ピヨちゃんが、いつ私のカゾクとして暮らしていたのか知らない。当たり前のように、そこに存在していた。
水玉模様の殻の中に閉じこもっていて、ピヨちゃんが自ら開けることはない。私が殻の中からピヨちゃんを取り出し、私が殻の中へとピヨちゃんを戻す。ピヨちゃんとお話がした時に、「お邪魔します」と言った後、殻の中からピヨちゃんを手のひらに乗せる。「ピヨピヨ」とピヨちゃんは言う。私は、かわいいなと思う。
「ピヨピヨ」にも種類がある。楽しいピヨピヨ、悲しいピヨピヨ、怒ったピヨピヨ、お腹が空いたピヨピヨ。母には「どのピヨピヨも同じだよ」と言われた。ピヨちゃんは私にしかわからないようなピヨ語を使っているのかもしれない。特別なのかもしれない。
たくさんの言葉を組み合わせて文章を作り、感情を表現する人間よりも、「ピヨピヨ」のみで伝えようとするピヨちゃんの方がわかりやすかったりする。人間が言う、もういいよはもうよくなかったりするし、帰っていいよは帰ってはよくなかったりするし、大好きだよは大好きじゃなかったりする。人間は嘘を言うし、建前を言うし、回りくどいし、難しい。みんな、ピヨちゃんみたいに正直になればいいのにな。
ピヨちゃんはかわいい。かわいいはなんだか軽い気がして、偽物のような気がして、あまり好きな言葉ではないけど、ピヨちゃんにかわいいねって言うと少し頬が赤く染まる気がするから好きなんだ。ピヨちゃんに言うかわいいは、特別。
ある日、ピヨちゃんを手のひらに乗せても「ピヨピヨ」と声を出さなくなった。母にピヨちゃんがおかしい!と伝えると、電池を替えなきゃねと言われた。私は、ピヨちゃんに電池が入っていないと通じ合えないのかと、落ち着きのない足先を見つめていた。
ピヨちゃんは声が出ないままでもいいと電池を交換することを拒否した。今のままでも十分分かち合えるからだ。手のひらに乗せなくても、殻の中に閉じこもっていても、ピヨちゃんのピヨピヨという声は聞こえてくる。
ピヨちゃん、意地を張っていてごめんね。ピヨちゃんはもう一度「ピヨピヨ」と話したいのかもしれない。また、手のひらに乗せて、ピヨちゃんの声が聴きたい。私の手、大きくなったよ。
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