光っていてよ
その時の気分によるが、好きな言葉は何かと問われたときには「諸行無常」と答える時がある。仏教において、万物はいつも流転し、変化・消滅が絶えないことをさす。
なんとなく小さい時から死後について考えることは多く、死んだらまた生まれ変わって違う人生を歩むと考えている。今も変わらず、ずっとそう思っているし、願っている。
ただ曖昧な思想であるため、生まれ変わることは幸せなのか?と聞かれても自信満々に答えることはできなかった。
今も上手く言葉には出来ないだろうけど、少し言葉にできるようになったかもと思えた作品に出会えた。
アニメ「平家物語」だ。
見るきっかけとしては、主題歌に存在する。
羊文学の「光るとき」という曲だ。
なんて言葉だ。
世界は醜いだとか、そういうペシミズムじみたことを考えたことはない。けれど、こうも真っ直ぐ美しいよと言われると、ハッとさせられるものがある。
ハッとさせられ、アニメ「平家物語」へと辿り着くことができた。ありがとう羊文学。
史実に基づいた作品であるため、基礎知識がないとアニメの理解は少し難しいと思う。恥ずかしながら泣かない(一人称)も平家物語については知識が乏しく、理解に苦しんだ。
でも、この物語を全て理解することはさほど大事ではないと個人的に思う。この時代の雰囲気だけ掴めれば問題ないだろう。話を進めていくごとに時代背景はもちろん、その瞬間の色、音、触感、様々なことが分かってくる。
平家物語はただの史実として捉えられがちだろう。だが、その時代にも人がたくさん生きていたこと、朝になれば目を覚まし夜になれば月を眺め、ご飯をたべて、泣いて笑って、恋をしていたこと。アニメ「平家物語」は、ずっと昔から生活が続いていることに気付かせてくれる。
いつか、というのは良い言葉だの。明日、明後日、先のことが少し楽しみになるの。
主人公びわの言葉であるこれは、泣かない(一人称)に衝撃を与えた。この言葉が流れたのは2話の15:45頃~。あまりの衝撃で一時停止し、スマホの中とノートにメモをし、同じ場面を何度も繰り返した。
いつか。いつか、いつかね!
頭の中で繰り返しても、思うように自分の中へと落とし込めない。それは多分「いつか」という言葉を「未来を明るくする言葉」として普段扱っていないからだろう。
確定された未来が見えてしまい時々憂いてしまうびわ(ネタバレになったらごめんね)にとって、「いつになるか分からないけれど」といった不確定な事象を表す「いつか」という言葉は彼女にとって光だったのかもしれない。
諸行無常という言葉が好きだ。たとえ今世がひどく辛い時代であっても、一瞬たりとも幸福であったことはないと言う人はいない。今の役目を終えたら違う形で生まれ変わり、また好きな人たちと出会い生活を続ける。それがどれだけ素敵なことであろうか。
少し風が冷え、これから夜も長くなる。夜更かしのお供にアニメ「平家物語」、羊文学「光るとき」いかがでしょうか。
なにそつ!