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好きだった人が結婚した


大学の先輩のインスタグラムの投稿に好きだった人が写っていた。左手の薬指に指輪が付いていた。あぁ、結婚したんだなと思った。

好きだった人の名前を"真野くん"としよう。
私は長らく真野くんに片想いしていた。まったく実らなかった。あまりにも好きすぎて沢山とんちきな行動をした。まだギリギリ思い出せるうちに備忘録として残そうと思う。今後ふと読み返した時にこんな時もあったと笑える様に。

誤解のないよう書いておくが、現在私は既婚で世界一可愛い夫がいる。本当は真野くんが良かったなど微塵も考えたことは無いし、真野くんに塩対応をされ続けたからこそ、夫がどれだけ私の事を好いていてくれるか身に染みてわかった。あくまでもただの備忘録であり、未練がましい気持ちなど米粒ほども無い。

真野くんは大学の先輩の友人であった。
先輩に誘われて、私と先輩と真野くんでバンドを組んだ。真野くんの容姿は当時の私にあまりにも刺さった。サブカル女子ほいほい(ほいほいすぎて大学の同期女子に囲まれてた)。連絡先を交換し、定期的にラインを送ったが、返ってくるのは大体3日後ぐらいだった。その時点で諦めろよ。バンド練の時にCDを借りる約束をした。サブスク社会の現代にはまったく通用しないナツコの常套手段だ。返す時にまた会える。オススメのCDはマジでしらんバンドばかり。バンドの知識量結構自負してたんだけどな。世界は広いな。ここだけの話なんだけどパソコンに取り込む時ちょっとCDちょっと嗅いだ。

バンド演奏が終わって、あーこれで真野くんとももう会えないのかって思いながら家に帰った。帰宅してから泣けてきた。また会いたいですって即ラインした。やっぱり3日後ぐらいにいいよって返事きた。脈がないのかあるのかどっちかにしてほしい。

大学の男友達にお店を相談して、下北沢の洒落たビアバーを予約した。何を話したか覚えていないが酔っ払った勢いで今から井の頭公園に桜見に行きましょうって強引に電車に乗せた。たぶん21:00くらい。夜桜も、池に浮いた花弁も美しかった。初めてのデートだったのにめちゃくちゃ好きなんです〜って泣きながら告白してOK貰えた。勢いって大事だ。

結論から言うと3ヶ月で別れを切り出される。いくらなんでも早すぎ。でも真野くんに好かれてると砂粒ほども思えなかった3ヶ月だったので実は妥当。

了承を得たものの、連絡は3日に1回しかこないし、終盤は週1ペースだった。遅。でも江ノ島行こうって誘われて浮かれてたら今日で最後って言われた。真野くんから3ヶ月経っても私の事を好きにならなかったら別れようと思ってたって言われた。私がウキウキ過ごしていた時間は恋人期間ではなく唯の執行猶予だった。残念ながらハイそうですかと受け入れられるナツコではない。「好きでもないのに付き合うとか言わないでよ!」と怒り狂った。でも泣いても喚いても何も変わらず、さよならの判決が下った。

そこから何回か別の人と付き合ったり別れたりを繰り返していたが真野くんほど話が面白い人はいなかったし、真野くんほど知識に長けてる人はいなかった。私も知識をぐっとつけて対等な会話がしたかった、そしてもっと可愛くなってあの時別れなきゃよかったって真野くんに思われたかった。何がなんでも見返したかった。頭の片隅にずっといた。あまりにもずっと忘れられないので自分なりにケリをつけなくてはこのまま真野くんに囚われたままになってしまうと思い、付き合ってる時にうっすら聞いたバイト先に突撃を決めた。Facebookを覗いて現在も就労中である事を確認した。神保町の古本屋だ。古本まつりの日なら偶然を装って会えるだろう。

その日は雨が降っていたが、真野くんに会うために3万円のワンピースを買って神保町へ着ていった。古本屋に真野くんはいなかった。非番だったのだ。きっと今更会う必要もないという神の思し召しだろうと諦めて店を出かけたが納得はできなかった。だって3万円のワンピース買ったし、化粧も頑張ったし、この2年で真野くんと対等に話すために美術や映画や本をどれだけ吸収したと思ってんのよ本当に。このまますごすごと引き下がれない。

「すみません、真野さんがここで働いていると思うんですけど、今日はいませんか?」

気づいたらスタッフの方に声をかけていた。
今日は本屋から200m程離れたギャラリーにいると教えてくれた。お礼を言って店を出た。200mが50,000kmぐらい長かった。20代前半だったのに息切れした。

当時は違和感はなかったが、今思えばすんなり場所を教えてくれたスタッフさんに会えた事は本当に運が良かった。普通教えてくれないし、教えちゃダメだよ。私が加害する方のヤバい女ではなくて良かった。

ギャラリーに入ると奥のカウンターに真野くんはいた。2年ぶりに姿をみて目眩がした。私には気づいていない。私も真野くんに気づかないふりをして絵を見た。ただ目は開いているが視覚情報としては何も入ってこない。美術が好きなフリをしてるが、瞳孔がガン開きでここからどう真野くんに接触するか考えながら、絵の方向に直立しているだけの女。そうこうしているうちに真野くんが立って歩いてこちらへ来た。クララが歩いた時ばりに感動した。衝撃のあまり気づいたら「久しぶりだね」と話しかけていた。真野くんは嫌な顔ひとつせず「え、久しぶりじゃん!」と答えてくれた。真野くんは嫌な事があると即座に顔に出るので、にこやかに対応してくれただけでもう満足だった。今日来た甲斐があった。天にも昇る気持ちだった。直後に

「今度ご飯行かない?バイト後連絡するよ」

え?夢?走馬灯?私このまま死ぬ?
連絡不精の真野くんから食事の誘い?あり得る?会話できただけで昇天してるのに?

頭がパンクしてる反面、いやぬか喜びかも知れない、ただの社交辞令かもしれない落ち着けと冷静な自分もいたがもちろん二つ返事で了承した。

午後3時くらいの出来事だったが、ギャラリーを出た後の事を何も覚えていない。寄り道をしたのか、直帰したのかもわからない。

本当に真野くんから連絡が来た時はひっくり返った。スマホが壊れたかと思った。新宿なら何処でも良いとの事なので私が好きなろばた焼きのお店に行くことにした。真野くんと話を合わせるためにフォローしていないインスタのアカウントを覗き近日行った展示や映画をチェックし、同じ様にした。でも全然ダメだった。真野くんと再会する前からアンテナを広げて生きてきたので付け焼き刃じゃない知識人になれた、対等に会話ができる人間になれたと自負していたが、真野くんの足元にも及ばなかった。あれは知ってる?これは行った?と聞かれてもそれが誰だかもわからなかった。それでも真野くんとの話は本当に楽しかった。お手洗いに行く度に酔っ払いの夢じゃないか頬をつねった。痛かった。痛いのが嬉しかった。

「今付き合っている彼女がいて、結婚したいんだ。2人の子供も欲しい。」

真野くんからその一言を聞いた時面食らってしまった。そりゃ彼女くらいいますよね。予測していなかった訳ではないが、実際に聞くと相当ショックだった。付き合う事すら許されなかった私がいる一方で真野くんが結婚したいと思える女性がこの世にいる事実に耐えられなかった。また彼女がいると正直に言ってくれた嬉しさと私のことは本当に友達止まりだと突きつけられた現実の物悲しさで酔いが吹っ飛んだ。聞くと彼女の家は私の最寄駅から5個隣だと言う。少しでも長く話したくて、今日は彼女の家に泊まっていこう!一緒に帰ろう!と提案し、電車にに乗った。そして彼女の家の最寄りで真野くんは先に電車を降りた。電車が動き出した瞬間に人目を憚らず泣いた。自分に少しも見向きされなかった惨めさでいっぱいだった。平日の深夜手前だったので乗客は少なかったが皆ぎょっとした表情で見ていた。さっきまで談笑してた女が1人になった途端に泣き出したらそりゃ私だって驚く。

真野くんには終電と嘘を吐いた。自宅の最寄り駅まで行かずに電車は止まり、そこからタクシーで帰った。大森靖子の展覧会の絵を聴きながらくちびるを噛んだ。


でも君のはしっこに勝てない気がした
君のはしっこにさえ勝てない気がした
展覧会の絵-大森靖子


自分が2年努力して視野を広げても真野くんの知識や魅力のはしっこにさえ勝てなかった、箸にも棒にも引っ掛からなかったと思うと悔しくてまたタクシーの中で大泣きした。運転手さんが黙ってティッシュをくれた。本当にありがたかった。数年分の涙が出た。そして次の日から何か憑き物が落ちたかの様に真野くんの事がどうでもよくなった。自分と付き合う可能性が万に一つだったのが本当に皆無であったのを思い知ったからだろう。定期的にツイッターやインスタグラムをこそ見していたがそれも無くなった。何も気にならなくなった。その後に現在の夫と出会い、付き合い、結婚した。この禊ぎがなければ邪念がちらついたかもしれない。呪縛から解放されてよかった。

今思い返しても本当にバカで笑ってしまう。
数年後の私がこのnoteを見返しても青臭さに頭を抱えますように。

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