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祖父が死んだ


死因はコロナだった。
心疾患、脳梗塞既往あり、高齢のハイリスクてんこ盛りだったので致し方無いと思う。

祖父と最後に会った日は思い出せない。
10年顔を合わせていない。もしかしたらもっとだ。

小学生の頃は冬休みが始まってすぐ飛行機に乗って祖父母の家へ遊びに行き、年が明けるまで滞在していた。
中学で部活動が始まるとまとまった時間が取れず遠方の祖父母の家へ足が遠のいた。
父方の祖父母のため、母も積極的に足を運ばず(後から聞いた話だと母は陰で祖母から冷遇されてたらしい)、祖父母もわざわざ私達の自宅へ来ることは少なかったため会う機会は減っていった。

まめではなかったが誕生日プレゼントを送ってくれた時、入学や就職など節目に電話はたまにしていた。いつだって溌剌に話していた。

そのうち祖父が心筋梗塞や脳梗塞を起こし、
パーキンソン病も患い、車椅子で生活するようになった。それでも電話での声は昔と変わらずハキハキと元気だった。

会いに行こうとまったく思わなかったのではない。ただ目を閉じると浮かぶのは60代前半のキビキビ動く祖父だった。自分の世話が出来なくなった祖父を直視する事が怖かった。

部活が忙しい、勉強が忙しい、仕事が忙しい

真っ当な理由を付けているフリをして現実から目を背けた。背けているうちに祖父は亡くなってしまった。

祖父の訃報を聞いても動揺しなかった。
会いに行けばよかったと思う反面、現実を直視する機会が無くなった安堵も少なからずあった。

祖父は私に会いたかっただろう。いや、それは傲慢かもしれない。こんな薄情な孫などどうでもよかったかもしれない。祖父は亡くなったのでもう確認はできない。

"祖父に会いに行かなかったのを私は激しく悔やみ、涙を流した"など書きたかったが、まったくそんな事はなかった。すんなり受け入れてしまった。悲しみもあまりない。祖父に会わなかった日々がこの後もそのまま続いているだけだ。ご遺体と面会できれば良かったが、コロナ故に24時間以内に火葬を行わなくてはならない。祖父の遺体はとうに無い。


おじいちゃんごめんね。
そっちにいくまで大分かかるとは思うけど
向こうで会った時は沢山話そう。

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