POOLのちょっとだけウンチク 第17回ヴォルフペック『Wait for the Moment』
今回のアーティストはandropのベーシスト前田恭介さん。前田さんはわざわざ実家に戻って、収録日ぎりぎりまで“とっておきのレコード”をセレクトしてくれた。当日の朝にようやく選曲が届いたが、それが“うーん、なるほど”と納得させられるラインナップで嬉しくなってしまった。とっておきに選んだのは、ヴォルフペック。このバンド、最高のグルーヴを少人数でやってのける最高のテクニシャン揃いで、実にカッコいい。
ヴォルフペックというと、ドイツのバンドかと勘違いしそうだが、アメリカのファンク・バンドで、とてもユニークな活動をしている。彼らは“少ない人数”で“短い尺の曲”を演奏することから、「ミニマル・ファンク」と呼ばれている。レコーディングのみならず、ミックスもデザインも企画・宣伝・販売のすべて自分たちと友人だけで行っている。メジャーレーベルに属さず、自主レーベルにこだわり、MVも(敢えて)チープな創りにしている。音源のカッコよさとのギャップがこれまた話題を呼ぶ。そんなミニマルなやり方で、2019年にはニューヨークのマジソンスクエアガーデンに超満員の観客を集めた。まさに現代を象徴する手法でミュージックシーンに新風を吹き込んだ異色のバンドだと言っていいだろう。
異色のやり方で伝説となったバンド、"グレイトフルデッド"
ところで、今から半世紀も前に、ヴォルフベックと同じように異色のやり方で、伝説となったバンドがある。彼らはグレイトフルデッド。まだYouTubeもサブスクもSNSもなかった時代。多くのバンドはメジャーレーベルと契約し、アルバムを創り、シングルをヒットさせ、コンサートを行っていた。ところが、グレイトフルデッドはそんなことにはとんと興味のないヒッピーたちが集まって出来たバンドである。その中心人物、ジェリー・ガルシアは「ラブ&ピース」の精神そのものであり、またバンドもその精神にのっとって活動する。ガルシアにとっては、バンドもファンも同じコミュニティの一員なのだ。だからグレイトフルデッドはコンサートでは、ファンが自由にその演奏を録音できる。彼らはセットリストも決めずに、ほとんど即興で演奏を行うから、毎回アレンジも違えば、演奏時間も違う。コンサートは5,6時間にも及んだ。
録音したテープをファン同士が交換し合う。噂が噂を呼び、彼らのコンサートには溢れんばかりのファンが集まり、その数は膨大に増えていった。中には専門的な機材を持ち込んで、本格的な海賊盤も出回った。それでも彼らはフリーで録音させることを止めなかった。いまでいうならタダでDLできるフリーアプリのようなものだろう。それによって「デッドヘッド」と呼ばれる熱狂的なファンを生んだ。中には音を聴くだけで“何年の何月何日、どこのコンサート”か言い当てられる者も出てきた。その「デッドヘッド」の中には後にアップルで成功するスティーヴ・ジョブズもいた。グレイトフルデッドは1995年まで2300回以上のライブを行ったという。
最近、若い子たちがカラフルなクマのキャラクターのバッグを持ち、Tシャツを着ているのを見かける。このクマさん、実はグレイトフルデッドのキャラクターで「ダンシングベア」という。どうやら、人気らしい。しかし、それがアメリカの伝説的なバンドのキャラとは知らないんだろうな。
話をヴォルフペックに戻そう。彼らは2014年にSpotifyに全くの無音のアルバム「SLEEPFY」を配信した。彼らはこう呼びかけた。「もしあなたがベッドでアルバム一晩中再生すれば4ドルになる。そこでこう提案したいんだ。クリエティヴに睡眠をとってほしい」。彼らが無音のアルバムで手にしたのは2万ドル。その資金でヴォルフペックは入場無料のライブを敢行した。
ビッグデータに支配されたこの時代に、なんとも痛快な話ではないか。
(文・吉田雄生・WOWOW MUSIC//POOL企画・構成担当)
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