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POOLのちょっとだけウンチク  第10回 荒井由実『生まれた街で』 selected by 三船雅也(ROTH BART BARON)

WOWOW MUSICがお送りする、音楽好きのためのコミュニティ"//POOL"
その企画・構成を担当する吉田雄生が、いつものあの曲の響きがちょっと変わる(かもしれない)
とっておきのウンチクを書き綴ります。

POOLの今回のアーティストはROTH BART BARONの三船雅也さん。三船さんの“とっておきのアナログ”は荒井由実2名目のアルバム『ミスリム』に収められている『生まれた街で』だ。

松任谷由実ではなく、“荒井”由実の時代。ラジオ収録中に久しぶりにアナログで、ヘッドフォンをして聴いたが、改めてその素晴らしさに感嘆した。

ベースライン、リズムが秀逸で、深いリヴァーブがかかったユーミンのヴォーカルに包み込まれる。クレジットを見るとベースが細野晴臣、ドラムが林立夫、ギターが鈴木茂、キーボードが松任谷正隆(まだ結婚前だ)。

他にもブレイク前の山下達郎、吉田美奈子、大貫妙子の名前もある。こんなにも若き才能が集結したのは奇跡に近い。怖らくはスタジオ一発録りだろう、そういうグルーヴ感だし、空気感だ。この作品こそ、アナログで聴きたい。

『海を見ていた午後』

これは1974年ユーミン19歳の時のアルバム。いまも10代のミュージシャンはネットから続々と出現しているが、ここまでの天才はそうは簡単に現れない。歌も、演奏も素晴らしいが、歌詞もまた良い。僕がこのアルバムで一番好きな曲は『海を見ていた午後』だ。

歌詞を分析するのはやや不粋だが、この歌詞だけは許していただきたい。

この歌は短い。6行の歌詞が2番まであるだけというシンプルな構成だ。なのに、この少ない歌詞の中に多くの情報があって、多くの想像を掻き立てる。

主人公の女の子が、坂の上にあるお店に来ている。かつては恋人とよく来ていたらしい。いまは一人でぼんやりと窓の外を眺めている。港が見下ろせ、岬が見える。

しかし、本来は目の前にいるべき彼がいない。一人淋しくソーダ水を飲んでいる。ここで「ソーダ水の中を貨物船が通る」とある。はじめはここがわからなかった。どういうことなのんだろう。長年疑問に思っていた。

後に大人になり、この実在する「ドルフィン」に行った。そのときはじめて、この歌詞の意味が分かった。そうか、この子はソーダ水を手に持って港を眺めていたんだ。そのとき、「ソーダ水の中を貨物船」が通ったのだ。

では、なぜこの子はソーダ水を見つめていたのだろうか。きっと、ソーダ水の小さな泡が、下から上に次々と上って消えていく様を観察していたんだ。まるで私の恋もこの「小さなアワも恋のように消えて」いってしまったのだ。

2番もいい。別れを告げられた時、彼女は自分に素直になれず、すんなりその言葉を受け入れてしまったことを後悔している。もし、あの時思い切り泣けていたら、いまも二人で海を見ていただろう。

そのときは、涙を流すことができず、彼女は涙の代わりに、インクがにじむ紙ナプキンにこう書いたのだ。「忘れないでいて」。

やばい、実に見事な描写である。これを19歳の時に書いた荒井由実は本当に天才だ。
この曲を聴いて、横浜の山手にあるドルフィンにはユーミンファンの若いカップルが続々とこの店を訪れた。失恋の歌だっていうのに(笑)。

僕の憧れの場所もまた“横浜の山手”になった。その数年後、オフコースの『秋の気配』という歌もあった。「あれがあなたの好きな場所 港が見下ろせる小高い公園」という歌詞がある。

それで、“憧れ”は決定的になった。それで大学は横浜を選んだ。ところが実際に大学に行ってみて、驚いた。同じ横浜でもキャンパスは山の上にあった、港などどこにもなかったのだ。失望した結果、ほとんど大学へは行かず、留年するハメになった、、、。閑話休題。

音楽は言葉がわからなくても、十分楽しみことができる。しかし、日本の歌には、やはり短歌や俳句の要素も含まれている。だからこそ、歌詞は大切なのだ。そんなことをユーミンの歌詞は気付かせてくれる。

(文・吉田雄生・WOWOW MUSIC//POOL企画・構成担当)

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