POOLのちょっとだけウンチク 第1回 スティーヴィー・ワンダー『Tuesday Heatbreak』 selected by 角舘健悟(Yogee New Waves)
記念すべきPOOL第1回目のアーティスト、Yogee New Wavesの角舘健悟さんが持ってきてくれた“とっておきのアナログ”は、スティーヴィー・ワンダーの『Tuesday Heartbreak』だった。
角舘さんは、その曲が収録されているアルバム『Talking Book』を丁寧に取り出し、少し照れたようにPOOLのターンテーブルにLPをセットして、A面の4曲目に針を落とした。
少しのノイズと沈黙。すると、軽快なミディアムテンポのリズムで曲が始まる。この瞬間がたまらない。
この『Talking Book』は、1972年に発売されたスティーヴィー15枚目のアルバムである。驚くべきことにこの名盤を創ったとき、スティーヴィーは若干22歳の若者だった(!)。70年代のスティーヴィー・ワンダー黄金の3部作といわれる名盤の一つだ。
『You Are My Sunshine Of My Life』や『Superstition』は誰でも一度は聴いたことがある名曲だが、是非このアルバムを最初から最後までじっくりと味わってほしい。
まるで上質な映画を見たような余韻に浸ることができるはずだ。
最近は「アルバム」という概念も薄くなっているが、レコードのLP盤を手に取ると、ジャケットも含めて「アルバム」とか「作品」という言葉が実にしっくりくる。
音楽と向き合って、自分の頭の中のイマジネーションと対話する、そんな贅沢に浸ることができる。
天才スティーヴィー・ワンダーの出現
さて、このアルバムの発売元はモータウン・レコード。
かの有名な社長のベリー・ゴーディJrは、モータウン・レコードを「白人も踊れる音楽を」というコンセプトで数々の名曲やアーティストを輩出し、一世を風靡していた。
ソング・ライティングやアレンジ、レコーディング、ヴィジュアル、ダンスなど各セクションを自動車工場のように分業化し、ヒット曲を量産した。シュープリームスやジャクソン・ファイブはその典型的なグループである。
70年代にはいると、そんなベリー・ゴーディのノウハウに従わないアーティストが出現してくる。それがマーヴィン・ゲイであり、スティーヴィー・ワンダーだった。
マーヴィン・ゲイは1971年に反戦歌『What‘sGoing On』を創り、ベリー・ゴーディの反対を押し切ってリリースしヒットさせた。
マーヴィンに続いたのがスティーヴィー・ワンダーだった。スティーヴィーもまたモータウンの流行歌とは異なる曲を独自に創り上げた。天才スティーヴィーの前では、ベリー・ゴーディも自分のポリシーを変えざるを得なかったのだろうと思う。
ミュージシャンも豪華で贅沢。
ギターがジェフ・ベック、レイ・パーカーJr、サックスにはデヴィッド・サンボーンら超一流の人たちがクレジットされている。
スティーヴィーはほぼ全部の楽器を操れるので、たった一人でアルバムを仕上げることもあるが、この作品では様々なミュージシャンの手を借りて、最高のグルーヴを創り上げている。このグルーヴは今聴いても古さを全く感じない、むしろ新しいと言ってもいい。
A面4曲目の『Tuesday Heartbreak』
角舘さんはこのアナログを聴くために古いモニタースピーカーJBL4311WXを買ったそうだ。驚くほど音が立体的でびっくりするくらい演奏がしっかり聴こえると、中田クルミさんに力説していた。
角舘さんがこのアルバムのしかもA面の4曲目の『Tuesday Heartbreak』を選曲したあたりも流石だ。この曲には、成熟したスティーヴィーではなく、すこし甘酸っぱい青春の匂いがするスティーヴィーがいる。
こんなクオリティのアルバムの前に同じ1972年にもう1枚『Music Of My Mind』というアルバムを発表しているのだから、スティーヴィーの若き才能には恐れいる。
ちなみに、1972年といえば、名盤がずらりとラインアップされた年でもある。デヴィド・ボウイの『ジギー・スターダスト』、キャロル・キングの『タペストリー』、ローリング・ストーンズ『メイン・ストリートのならず者』、、、。これが同じ年にリリースされているのだ。
1972年前後の作品をピックアップして聴くのもお薦めだ。アルバムを頭から最後までしっかり聴くと、きっとあなただけの物語を感じることできるはず。
(文・吉田雄生・WOWOW MUSIC//POOL企画・構成担当)