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テングのヨッちゃん
立川生桃
ぼく。テングのヨッちゃんです。10才です。狗留孫山小学校4年です。最近やっと鼻の赤色につやが出てきたけど、まだぜんぜん伸びません。どうしたら伸びますか?
夏休み。テング放送ラジオから、女子アナウンサーのうららかな声がぼくの手紙を読み上げた。それから、かろやかに、
「まあ。これは。これは。」
と言うと、たぶん横にいたのは仙人だと思うけど、しゃがれた声で、
「つまり『自信』を持ちたいのじゃな。ヨッちゃんは?」
とぼくにきいた。
「はい。自信がつきまくらないと鼻は伸びませんから。」
「狗留孫山は下関の山であったな?」
「はい。」
「ヨッちゃんは、一本下駄をもう履いておられるか?」
「はい。でも、まだふらふら歩きです。」
「では、『ヤツデのうちわ』はまだ持っておらぬか?」
「あれは鼻が30センチ以上伸びないともらえないんで、ぼくなんてまだまだ。」
「ヨッちゃんの鼻の形はどんなじゃな?」
「団子ッ鼻です。」
「悲しいの。自信がつきにくいタイプじゃの。」
「おねがいです。なにかいい方法を教えてください。」
「しかたない。教えてしんぜよう。では。残りの夏休み、毎日、関門海峡を渡るのだ。」
「でも、あそこは高速道路でテングは渡れません。」
「バカを言うな。渡れんことがあるか。テングは大人になって羽が生えれば、あそこはみんな飛んで渡るのだ。」
「ぼく。羽生えてないし。」
「トンネルを歩くのじゃ。地下のトンネルを毎日一回行って帰ってくるのじゃ。帰ってきたらばこの呪文を唱えよ(内緒の呪文じゃ)。二学期になった頃には自信もついておろう。ただし一日一回じゃぞ。一往復じゃ。」
「わかりました。やってみます。」
ぼくはがんばった。関門トンネルの中は、ジョギングをする人や自転車やバイクを押して歩く人がいた。人間もけっこう修行熱心だなと思いながら、ぼくもなれない一本下駄で一歩一歩ていねいに歩いた。警察官が寄ってきた。
「君。顏が真っ赤だがだいじょうぶかい?」
ぼくは言った。
「生まれつきです。」
日にちがたつごと、ぼくは走れるようにもなってきた。修行が愉快になってきた。仙人は「歩いて一往復」と言ったが、「走ってなら何往復でもいいはずだ」と、自信がわいてくると変な知恵も生まれてくるもんだ。
それでも、いちおう仙人との約束は守った。走れるのに歩いてやった。第一、走るより歩くほうが楽ちんだ。
二学期が始まった。先生たちが驚いた。あたりまえだ。今やこのおれの鼻は50センチ。校長から「ヤツデのうちわ」を授与された。
全学年でおれだけだ。うちわを表であおぐと100℃の熱風が吹いた。裏であおぐと0℃の冷風が吹いた。表と裏の角度で風の温度を調節するのだ。
あれから一年が経つ。
今年の夏も暑いが、それでも、おれをうらやむコテングのリクエストがうるさいから、ときどき狗留孫山の山頂でバーベキュー大会を開いてやっている。
冷凍していたイノシシの肉と鹿肉を熱風で解凍して、その上ササッと焦げ目をつけてごちそうしてやる。
今日も岩の上で「ヤツデのうちわ」で涼んでいると、去年の夏をぼんやり思い出した。久しぶりにテング放送ラジオをつけてやった。例の女子アナの声が聞こえた。
「去年の『テングのヨッちゃん』はどうしていますかねぇ。」
「鼻は伸びたかのぉ。狗留孫山のどこぞの巣穴に引きこもっておらねばよいが。」
おれは手紙を書いてやった。
おれ。余裕のヨッちゃんだぜ。おい。ジジイ。おれの鼻50センチ。「ヤツデのうちわ」もゲットしたぜ。狗留孫山のてっぺんで、毎日どんちゃん騒ぎをやっているぞ。よかったら遊びにきてもいいぞ。
翌週。おれの手紙が読み上げられた。
「さてなぁ。ヨッちゃん。鼻が伸びた気分はいかがなもんじゃ?」
「悪くない。最高だ。」
「やはり、鼻が高くなると心が曲がるのぉ。子供の虫歯みたいなもんじゃ。明日、狗留孫山へ遊びに行く。心配するな。痛うない。じょうずに鼻を折ってやる。」
(おわり)