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関東方言「多いい」

数十年ずっと気になっていた言葉がある。
それが関東生まれ関東育ちの人がよく使っている
「おおいい」(多い)
という言葉。
これを聞くと私はいつも「い」が一つ多くない??? と首を捻ってしまう。
発音はアルファベットのO(オー)とE(イー)を繋げたのとまったく同じだ。

これは関東方言である。
標準語=東京弁(関東方言)だと思っている人からすれば標準語かもしれないが、関東方言である。
「多いい」について調べたところ、関東で広く使われているが、西日本でも使われることがあるそうで、関西起源説もあるらしい。

私はこの言葉の使用者は、たとえばテレビで中居正広氏が「だべ!?」と辻堂あたりで使う訛りを冗談で言うときのように、意識的に使っているものだと思っていた。

数年前のことだが、私は日本語学校で日本語を教えていた。
当然、外国人に教える日本語は「標準的な訛りのない日本語」でなければならない。
その(教員のほうの)学習過程の実習において、形容詞の授業の際に神奈川生まれ神奈川育ちのクラスメイトが
「多い」
という文字を指さしながら
「おおいい」
と読み、それを外国人学習者に復唱させていた。当然、復唱させられた学習者は「オー・イー」と発音する。

その場ですぐに「おおいい」ではなく「おおい」では? と指摘した。
だが、なんとその場にいた教員を含めた全員が
「なに言ってるの? そう言ってるじゃない」
と怪訝な顔をしたのである。
(私以外全員東京神奈川埼玉出身のクラスだった)
そのとき初めて、「おおい」と「おおいい」の聞き分けが(認識が)できない人たちがいる、ということを知ったのだ。
自分がしゃべるときには「おおい」とちゃんと言っている人でさえ「おおいい」が聞き取れていなかったのは衝撃的だった。
なにせ、「多い」と「多いい」はアクセントの位置さえ違う。
「多い」は頭高型、「多いい」は中高型である。

そういえば、昔コッテコテの関西弁かつ関西訛り(本当にコッテコテ)の同僚に「関西のどちらの出身なんですか?」と訊いたら「なんで関西?(これも関西アクセント)」と返され、関西人だしボケてんのかなと思って「いやいやw めちゃくちゃ関西弁しゃべってるじゃないですかw」と返したら飛び出そうなくらい目玉をひん剥いて「え⁉ 私関東に来てからむっちゃ標準語しゃべってるんやけど!?」と驚かれたことを思い出した。

この関西弁の件もそうだが、当然違いを認識できる人もいる。
関東だからといって全員が「おおいい」を使うわけではない。

「いや、明らかに違うのに聞き取れないことある?」と疑問に思う人もいるだろう。
ある(断言)。
そして意識すれば聞き取れる、ということもある。

中国語を例にとるとわかりやすいのだが、
"金鱼(jīn yú)"(金魚)
"鲸鱼(jīng yú)"(クジラ)
こちらはどちらもカタカナで表記すると「ジンユー」だ。
なにが違うのか、といえば「ン」の一点のみである。
金魚の「ン(n)」は歯茎鼻音(n)
クジラの「ン(ng)」は軟口蓋鼻音(ŋ)
と中国語では明確に区別されるが、日本人がぱっとこれを聞いただけでは区別がつかない、聞き取れない。
何故なら日本語の「ん」は「無意識に言い分けているが、全部同じに聞こえている」(かつ、もし違う発音になっていても1ミリも問題ない)からである。
ちなみにだが、「金鱼(jīn yú)」のンは歯茎鼻音だが、「金魚(きんぎょ)」のンはクジラ(鲸鱼(jīng yú))と同じ軟口蓋鼻音である。

これも中国人からすれば
「いや、明らかに違うのに聞き取れないことある?」と疑問に思うわけである。
そしてこちらも、意識すれば聞き取れないこともない。

余談だが、「多いい」は言うが「少ないい」は言わない。
「多いい」に似た言葉で「濃いい」というのもある。だがこちらも「薄いい」とは言わない。
たまに「遠いい」と言う人もいる。やっぱり「近いい」とは言わない。

おそらく「二音節」の形容詞に適用されるのではないだろうか。
「多い」「遠い」は「三モーラ・二音節」である。
……と思ったが、断言はできない。なんとなくだが記憶の底から「深いい」とか「赤いい」とかいう人がいたような記憶が顔を出した気がする。

ここからは私の勝手な考察。

「三モーラ・二音節」に限るというのはつまり「単語が短いので音(い)を足して言いやすく調節している説」のようなものを見たことがある。
私はもうひとつ、「形容詞化(形容詞形への語形変化)」なのかな、と思った。

そもそも形容詞なのだがそれをさらに形容詞化させている、ということである。
言葉が短くて形容詞のニュアンスを足りなく感じ、自分の中でイ形容詞に変化させているのではないか?(あるいは、更に形容を強調させている)という予想だ。

「多いい」「濃いい」の不自然さが、色の形容詞化の俗語としてよく例に出される「ピンクい」と似た匂いを感じたのである。

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